和歌山線─冬編 その1

  以前から行きたいと思っていた北宇智駅があと一月とちょっとで スイッチバックが廃止され大きく変わってしまう、 ということを2007年の2月上旬に知った私は、 その次の日曜日にさっそく出かけることに決めてしまった。 「北宇智」という少し北方を思わせるような名前、 そしてその駅が山間にあることを意味しているようなスイッチバックの存在から、 以前から興味をかきたてられていて、行くことが決まってからは、 何度も2万5千分の一地形図を眺めて、どんなところなのだろうか、と想像していた。

  しいんと冷たい空気のしみわたる大規模な仮設駅構内の奈良駅を後にし、 7時24分に王寺駅に着いた。駅舎は橋上で新しいが、 ホームには水場などが残る、昔ながらのままの姿を保っているという駅だった。 乗車予定の8時6分王寺発和歌山行きが来るまで、まだ随分時間があった。 ホームの空気は奈良駅同様、内陸独特の凍てつきようで、 40分も待っていられるものではなかったから、 とにかく暖かい列車に乗りたいと思い、21分後の7時45分王寺発高田行きに乗って、 いったん高田駅まで行き、そこで8時6分王寺発和歌山行きを待ち伏せすることにした 王寺駅は日曜ながらも朝のラッシュで、あまり落ち着ける雰囲気ではないが、 高田駅ならそれもましだろうとも考えた。
  王寺駅を快適な221系で出発したが、車内の停車駅表示が狂っていて、 「千旦」や「甲賀」など、とんちんかんな駅名を連発。車掌がそれをわびていた。 そのことが旅客の間でも少し話題になりながら、高田駅に着いた。 案の定、人は少なく、落ち着ける高田駅の構内はつよい橙色の朝日で染め上げられていた。 冬の遅い日の出だった。

構内を跨ぐように作られた橋上駅。壁には等間隔に縦長の窓ガラスが入り、陸屋根の縁は焦げ茶色。 一般的な橋上駅の高田駅。

橋上駅の下の部分と上屋、階段上り口を見て。 屋根の下には案の定、鳩が集まりやすいらしくホームの一部は汚れていた。

真新しい小さな水場。 ホームに残る水場。

ドアで締め切れる小さな待合室。 暖かそうな待合室だが暖房は効いていなかった。

トラス架線柱の並ぶ構内。線路には3階建て程度のビルがちらちら見える。 王寺方面を望む。

  ところで、王寺から高田までやって来たこの221系は桜井線を経由して奈良に行く。 このように奈良から王寺までは桜井線を通って迂回するかのように結ぶ列車が多くあり、 その運用には221系だけでなく和歌山線カラーの105系や うぐいす色の103系が就くこともある。時間帯によって違うようだ。 早朝は105系でも6両をつないでおり、桜井線の大部分が無人駅だけに、意外だった。
  高田駅のホームを歩いて時間を過ごし、王寺発和歌山行きを待った。 8時28分、朝の冷たい日の出の中、和歌山行きに乗車。 和歌山線カラーの2両編成の車内には、明らかに趣味で乗っている人たちが多数いて、 中学生から大学生まで、10代の人たちが賑やかに会話を交わしていた。 一方、車内から運転台の右側が見える部分にはおじさんたちがかなりの密度で群がっていた。 きっと普段はこのような雰囲気ではないだろう。 今日が日曜であること、そして北宇智駅のスイッチバック廃止まで あと1か月ちょっとしかないということ、これらが関係しているのは間違いない。 車内はすべてロングシートだから、首をひねって車窓を見ようとしている人も多く、 それも賑わいの光景の一つだった。
  掖上駅を過ぎてときどき左に川が見えるころになると、 和歌山線は谷の地形に入り込み、山の中へと入っていく。 葛城川の作る谷の地形だ。 これから和歌山線は、この葛城川にときどき寄り添っては 山に囲まれた川と田畑ののどかな風景を見せて、吉野口駅へと向ってゆく。 吉野口に着く頃には谷幅も狭まっていて、 左側の山が迫ってきていた。 車窓からのその山肌を見ていると吉野口駅に停車。 静かな乗換駅だが、車内には少しも動きがない。 それがちょっとおかしな感じだった。 みんなもっと乗るんだ。北宇智のスイッチバックと和歌山線を体験するために。 乗り換えのための少しだけ長めの停車時間も虚しく、 ドアが冬の空気と車内をゴトンと隔絶、列車は出発した。

和歌山線─冬編 その1北宇智駅