道東紀行
2010年9月
虎杖浜温泉
ぬくもりの湯は虎杖浜温泉ホテル併設の湯で、温水プールもあるのが売りだ。入口は平屋の別棟で、虎杖浜温泉・娯楽センターと名乗っているのはゲームセンターもあるからで、昔は芝居もやっていたのは中に入ればわかる。休憩所がやたら広い。が、このときは誰一人としていなかった。ホテルは2017年にビジネスホテルと観光ホテルの両面を併せ持った体制に変わった。
入ると券売機方式で、やはりあらぬ事態に備えていた。しかし店の男の人はスーツ姿で明るい人だ。帰りも爽やかに挨拶してくれた。花の湯の暗い話が少しの間忘れられた。
内湯のみならず、露天風呂や先ほど触れたプールもある大規模な施設なので、鍵付きロッカーは豊富で脱衣所もきれい。鍵は最近主流のバンド式で私はそれを足首に巻いて入湯した。しかし規模が大きいだけあってやはり浴場の改修や管理は大変なのだろう。ちょっと気の毒である。むろんかけ流しの天然温泉のため傷みも出やすいかと思う。そんなこんなで露天の方には足が向かず。ほかに客はいたけどどうにも全体が暗かった。簡単に言うと昔のスタイルだ。けれどかろうじて温泉の良さはちゃんとあって、鉱物を感じられる本物だ。久しぶりのお湯がとても気持ちいい。こうしてとある一点に、ある時間に訪れるのを想定し、それを実現していると言う個のお湯の感覚は、不思議な雄大さが―旅路とも自分とも―こもっていた。
日も暮れた国道の歩道を垢の流れた身体でゆっくり歩く。朝晩冷え込んで日中は暑いという日較差の大きい9月の気候の上、昨日寝台特急を降りてから入れなかったから随分と気持ちよかった。これでまた旅行が続行できる。施設内で食事したりコンビニに行くこともできたが、次は苫小牧に行くから、と遠慮する。まるで株の相場である。あそこならもっと、というわけだった。
静まり返った駅で待っていると、若い人が汽車を待ちに入ってきた。間際にも一人やってきて、その人たちは東室蘭行きに乗る。東室蘭と苫小牧では汽車的な意味―つまり旅路という意味において、方向が正反対なのを感じる。東室蘭こそは地の人の向かう地というわけだ。
それにしても…暗くなってからもここは発駅として利用されているんだな。
日もとっぷり暮れてから独り私は苫小牧行きに乗る。確かにここは汎く室蘭圏内だ。臙脂色の汽車に乗ると車掌が回ってきて切符はという。持っていたのでそう告げると帰っていった。ここは無人駅だが、ワンマンに馴れていた。