厳冬の南紀1

2010年2月

だいぶ明るく写した。
駅方。
三川小学校前の信号。二機あり、交通量の多さがうかがえる。
二河のバス停前。バスで来るならここが最寄り。
これが喫茶店。
湯治治療を利用した療養機関が複数あるようだ。
ゆかし潟。そんなきれいなものでもなく…。
 
 
ここを右。
もの寂しく、殺風景なところだった。
こんな道を歩いてきた。
どうもあれのようだ。
温泉の汲み出しもできるらしい。
効能書き。リウマチに効くという。
 
 
 
温泉を後にして。
 
喫茶なわ。
 
夜の湯川駅。
 
明るいのが助かる駅だった。
 
 
 
新宮320円、串本400円と紀伊半島の真っただ中にいるのが実感できた。 普通運賃は安い。こんなところにあっては。
 
 
太地の灯り。

ゆりの山温泉へ

 暗くなるとわからなくなるので、詮索はそこそこにして湯に向かいはじめる。印刷した地図を頼みに、狭い歩道を歩く。三川(さんせん)とあり、あの世との隔てを思い浮かべる。車は多く、飛ばしている。勝浦市街が近いからだろう。灯りの付いた「なわ」という結構大きめの食事処があり、帰り、気分が乗っていれば寄ろうと思った。しかし、なわって、縄か、とか思いながらも屋根が青かったので、山陰線の名和駅を思い起こし、ちょっと親しみを覚えた。あそこも海が近いんだよな。
 二河(にこう)なるバス停のあたりで、左の山に向かう道に入る。ゆりのやま温泉とのでかい看板も出ているから、夜でも間違うことはあるまい。

 ゆかし潟というゆかしい名を持つ蝶型の潟湖に沿う道は夕方以降は暗く、ひと気もない。宵の口でこれだから、帰りはどうしようかと本気で思った。この辺は湧出地帯で、湖畔を掘ると湯が出てくるなんて聞いたが、どうなんだろ? ちなみに低温度の硫黄泉として知られている。湯煙もないし、確かにそんな感じだ。
 資材置場や工事現場を見つつ、山の奥の方まで入ってようやく共同浴場に着いたときはほっとした。車なら何ともないだろうな。

 最近あつらえられたもので心地よく利用できる。カウンターでは往年の俳優渡井哲也似の渋い作務衣を着たご主人がゆっくり煙草を燻らせながら番をしていて、いったい何時代に迷い込んだんだと思う。「それにしても紀南はおもしろいわ。」 
 湯はぬるいが、よく温まるとのことで有名だった。吐水口から湯がどっどっどばっとごぼっと不規則に出ているが、惜しげもないかけ流しなのだという。カランは譲り合いになった。同じ湯に入っている五十くらいの男性がじっとカランの人の背中を見ているのだが、どうも終わるのを待っていたらしい。シャワーはないのに気付き慌てるが、それで純粋に湯を楽しむところなのかなと思う。なんとか蛇口か風呂桶で湯を満たして洗髪をし終えた。
 せっかく来たんだからとぬるいことをいいことに入り直し、長時間いたものの結局あんまりぬくとまらず、脱衣場に抜けてもちょっと寒くて、冬には物足りない。

 帰り道は化け物でも出そうだった。車で後にする人のテールランプをうらやましく見送る。ふと国道まででも乗せてもらおうかと思うほどだが、そんな距離でもないし、昨夜の椿温泉のこと考えたらまだ少しはましだった。それでも女人独りはお勧めできないなぁと思いつつ、寒さに震える。ちなみにこのときから数年後、このゆかし潟で縄で縛られた変死体が見つかり、大騒ぎになっている。
 オレンジの外灯とテールランプだけの国道に出るころ、
 「次は下里だよな。あそこに店があるかわからんし、ここで食事をしていこう。」
 必然的な理由があると頼もしいもので、店の前で少し窺ってから、とうとう中に入った。
 「いらっしゃいませ。」
 こちらは見ずに奥の調理の音に混じって奥の方から聞こえてくる。自分にまだ肉体があるんだと思った。その厨房だけが蛍光灯で、店内はすべて白熱灯だった。私が大きな荷物持ってあちこち見ていると、「お席はあちらです、ご自由にお座りください」。明かりのせいか、あたりはぼんやりとしている。私は荷物を下ろし、腰かけ、襟巻と手袋を取り、メニューを見ながら、あれは大将と奥さんと、その娘さんだと私は断じた。違うかもしれないが、どっちでもいいだろう。娘さんがホールをやっていた。にこりともせずに案内するところを見ると、けっこう繁盛してお疲れなのかと。紀南はコンビニも少ないし、こういう体験は珍しくないことだった。
 お嬢を呼んで、天丼を頼む。後ろの初老の御仁は唐揚げ定食を食していた。
 揚げている音が聞こえている。贅沢を感じる。
 かなりおいしく感じた。この日何も食べていなかった。特別な食材を使っている、そんなふうに考えたくらいだった。

 茶で暖まるのはほどほどにして外に出ると、早く出てくれて感謝されたかしらと思った。むろん店は混んでいなかった。
 相変わらず四十二号は赤灯をともして車が狭いカーブをゆき過ぎていく。駅に戻っても特別なことはなかった。海辺の風がそよいでいて、寒いほどではない。温泉のおかげかなんて思うが、そんことはないだろうと投げやりになる。だって上がってからだいぶ時間が経っていた。

 駅舎の中の片隅の埃にまみれた椅子を見やる。開口部に近く、国道の走破音は絶えず迫り、終始脅かされている。「賑わったなんて嘘だろう」 どういうつもりでこんな駅を造ったんだろうか。いつものように、賑わうといっても、まったく別の種類のものではなかったのか、そんなことを思った。
 黒いタイル張りの厠を借りる。荷物が肩に重く、厚着のため何もかもやりにくかった。ただ冬の南紀を越えるためだけに来たというのを、思い起こされられていた。気づけばもう紀南ももう佳境に差し掛かっている。だって隣は紀伊勝浦だし、そこから新宮までは近郊区間のようなものだ。もう終わりなのかぁと思う。
 ホームに上がると対岸の太地半島の明かりが海面に揺らめいている。時刻は19時半。今夜はこのくらい暖かかったらいいなと思った。