中国1
2011年7月
江平駅から作木口駅を歩いて

次の列車まで割と間も空くので、駅数を稼ぐためにもここでは隣の作木口駅まで歩く予定を組んでいた。というかそうしないと三江線全駅来訪を果たせない。距離は1.7kmで集中して歩けば二十数分で着くだろう。先述の通り、町のある対岸ではなく、三江線の張るし裏道を選択することに。








江の川とその僅かな川岸も利用した水田をを眺めながら、ちょっとした冒険心をくすぐられながら歩きはじめた。対岸に町が見えているのもなんか、安心感がある。こちらは旧道と思っていたのだが、別にそんなことはないみたいで、コンクリート敷きの河岸道路みたいになっているところがわりと続いた。しだいにひと気もなくなり、天気の良い真夏のまっ昼間だというのになんか寂しくさえ感じはじめる。もう川岸の水田なんかない。目印になりそうな痩せた木が川岸に一本突き出ていて、別に松でもないし、そこは峠でもないのだが、なぜか松ノ木峠というワードが脳裏をよぎった。しかし歩いても歩いても、その木に近づかない感じがした。重い荷物を背負って、ガシガシ歩いている。蝉がガンガン鳴いているのに、なぜか静かに思えた。 気を紛らわすためら、あーあ、早く着かないかな、と僕は独り言ちた。こんなところで人知れず身も隠れ、誰にも見つけてもらえないのは厭だとも思った。







途中、山の中の県道みたいな雰囲気になって、ため息つきながら歩いた。蝉が賑やかにうるさい夏の旅だが、なぜか心は弾まない。なんか誰も知らない道を歩いているような気がする。ほんと、あっち歩いておけばよかったな、とため息交じりに舌打ちする。そんなふうに調子づいていると、いきなり牛らから荷物を引っ張られて殴られる気もする。 「おまえ、さっきからイナカイナカってバカにしてんじゃねーぞコラ」 「いや…喉が渇いていて、いや川向こうには自販機が何台も並んでるんですよね、もううらめしくて…」 そういうと、男は乱暴に荷物を離し、虚空に消た。しばらくして心の中で、思う、 「そんな侮辱に俺が絶える義務があるわけないだろう、こんなのは幻影だ。」 けれどそう思うと、死という、誰も逃れられないものが襲ってくるようで、その前にだけは僕もなすすべなく、ひれ伏すしかないのが感じ取られた。蝉は激しく鳴きしきっている。真っ白な道を、誰も通りもしない方の河岸を歩いている。そうか、と。こっちは絶対的に川向うなんだ。それで自分がもう川を渡ってしまったみたい錯覚にとらわれていたんだ、と。 再び道は開けていた。また川面が見え、対岸には川の駅と冠した新手のドライブインや個人食糧品店があり、ほっとした。





ちなみに向うに見えている橋のあたりが、作木口駅あたりです。でもこの時はそんなこと知らず…
早歩きを続ける。当然、向う岸の町はもう終わりを迎えつつあり、三次方には深山が控えていた。また寂しくなるのかと思っていると、実際周りの雰囲気はそうなっていった。けれども臆することなく、速力を落とさない。途中林道の分岐点があった。今はなくなった羽須美村の名が残っていた。その行きつく先は高地にある散在する村落だ。













いったい駅はどこなんだよと思うが、印刷してきた地図を見たりしない。あれこれ考えるとタイムロスになってしまうし、線路は高くなったり同じ位置に現れたりでずっと近くにあるのだから、駅を見逃すこともなかった。それに立ち止まると暑い。歩いている方がましだった。遠くに赤い円弧のトラス橋が見えていた。とにかくあそこまで歩くしかないなと。あれより遠いとなると、着かないかもしれないなと思った。



それにしても、歩きながらすぐ脇の三江線を観察するに、小谷を跨ぐのはコンクリート橋ばかりで鉄橋ではない。三江線がだいぶ下った時代に造られたこどかよくわかる。でも静かだからこっちの方がいいだろう。 道はひと気もなくなり、草がボウボウのコンクリート舗装の河岸道だ。こんなに明るい夏なのに、歩いていて何とも心細くなってくる。ときおり蝉の鳴き声が遠くなっていく気がする。けれど駅があるのを信じてひたすら歩く。さぁもうそろそろ橋だぞ、というころになると、レールは道と同じ位置にあり、アスファルトになって広くなっていた。けれど駅はないし、町もない。けれどかかった時間からすると、この辺としか考えられなかった。




おかしいなと思いながらも歩き続けると、橋の手前になってホームの裏側が見えて、思わず 「ここかよ!」 と、独り大声で突っ込んだ。どうも裏側から来たようだ。
