綾羅木駅
(山陰本線・あやらぎ) 2012年7月
旅行記
早朝、安岡という、なんかいかにも下関圏のとある古い町を歩き、気持ちよい朝の空気を吸うと、僕は下関市街や門司港に向かう決心がついた。今日はちょっと雲が多めだ。でもそりゃそうだろうなと思う。だって10日間ずっと晴れがつづいたんだから。ずっとだ。
決心なんていうとたいそうらしいけど、そう、10日間ね? ずっと山陰本線を辿ってきて鄙びた町や駅をさまよい歩いていたのだから。途中の松江や米子だって、あくまで山陰の文化圏のド真ん中で、何かせわしない経済がじかに忍び寄ってきて、いつも地面が轟いているようなこの北九州都市圏の感じはないのだった。
10日間ずっとそうやって海を見たり街を歩いたりしてそれから、下関や門司に入るその感じは、島暮らしの長い子がはじめて都市を見るような感じだった。
けれど、そのひとつ前に綾羅木という小さな駅があるのだった。次の幡生はもう忙しい駅だから、こういうひとつ前のほんとに山陰本線に入ったのと思わせる駅に降りて、私は都市部出るための心の準備をすることにしていた。
綾羅木という駅はかなり気になっていた。なにか不思議で魔界のような名前である。インドの木か何かだろうか。
どんな駅だろうとと思って降りると一つだけのホームに白亜の木造舎が横付けになっていてびっくりした。昔ながらある駅でもこんなふうに互いに列車が発着できない駅があるなんて、と。
朝8時前の駅はせわしないかと思っていたけど、ここで休憩する予定だったから、時間はたくさんあった。
駅から出たところのロータリー中心部の樹木の影が、やさしく僕を包み込んだ。様々なオブジェは地元の人にとっては当たり前すぎて、見飽きすぎて空気のようだけど、それも僕には何か輝かしい宝石のように見えた。
向こうに向かって片流れしている水色の屋根がかっこいい白い駅を後に、僕はやかましい国道まで歩いて、その街の風景を楽しんだ。もう大都市が近いのをひしひしと感じて、僕の旅ももう終わりなんだね、と。
○の中に和のじの入った店まで行くとそれが地元のスーパーだとわかって、歓んで入店した。なにせ何も食べていないのだから。なんとなし駅を降りてこういう店がある、とてもありがたいことだった。
店の中はビシビシ冷房が効いていて、半袖の自分には痛いくらい寒い。こういう土着のスーパーに入ると、僕はふと、まるで自分がここに赴任してきて、ここで何年か暮らすはめになった自分が想像されて仕方がないんだ。そのときの自分って、いわば本物のストレインジャーだ。だけど仕事の都合や止むにやまれぬ事情で、ここに住むわけだ。そんな風に自分の人生も翻弄されてもみたいとも思う。そしてそれはきっとなにか純粋な存在だろう。
ふっとそんな光景が自分の脳裏をかすめると、僕は我に返った。気が付くといろとりどりの瓶や飲み物の並ぶ冷蔵ケースの前に僕はいた。そこでバニラミルクと、そしてパン、何にしようかと思ったけど、クリームたっぷりのパンがあったのでそれを買って、また暑い夏がはじまろうとしている外に出た。
だんだん下関の湿っぽい暑さが膚になじんでくるようだった。
駅に戻って椅子に座り、さっきのクリームいっぱいのパンを食べながらバニラミルクを飲んでいたら、地元のおばちゃんから熱いまなざしを受けた。半袖に半ズボンだから、ひどく子供に見えたかもしれれない。
けれどもうすべては終わりつつあるのだ。駅を寝歩いてずっとここまで来たこの旅ももう終わる。結局、その人は僕に話しかけたいようだったけど、話しかけることはなかった。もうそこそこの大人だろうと最終的に判断したのだろう。それとも僕自身にいま人懐こさが失われていることに気が付いたのかもしれない。
でもこれで自分の旅欲も収まってくれるといいなと思った。そして僕はまっとうな人生を送りなおす…本当にそんなときがやって来るだろうか。
(結論からいうと、やって来なかった)
<続>