別当賀駅
(根室本線・べっとが) 2010年9月
しりしりと肌寒い、ひときわどきつい極東の光のなか、気動車に乗る。
根室始発だが、この朝一の汽車で釧路に着くのは三時間後というものだ。ほどなくして色は弱って、どうあがいてもどうにもならないような、なんとも虚しくなるような薄い高い空色がなじんできた。夜に見えなかった偉大な柔らかさの笹原に遠いオホーツクの海洋がうねり、なにか気が遠くなりそうだった。それは美しいというより、自然というより、胸かきむしられるような文学的虚飾をもってしか、自分の心に映じえなかった。それほど人間を屹立させる自然で、つまりはそういう本物の一つであったようだった。
やがてあの列島地図のか細い根室半島の真ん中を汽車は縫いはじめ、私は落ち着きを取り戻しはじめた。汽車といっても、今となっては一両のワンマンカーが数百キロを日に何度か行き来するばかりである。
三十分という感じはなかった。別当賀に着いた。
降りるとひんやりした空気が私の体を襲う。峻烈な青光。気団の近くというのはこんなものだろうか。樹林が目立つことがなく、うっすら海が見えている。それだけで何か安心だった。べっとうが、という厳しい響きが、この空気とおぞましい青光に似つかわしかった。草草も烈しく萌えて、何もかもが眩しい。しかし目を見開ける側の空に移すと、ただこの地の空気に取り巻かれる自分の身一つだけが今ここにあるのが実感される。
このあたりは風連湖側からの半島を横切る道も来るし、丘を下りきるが気になる落石岬側の海へのアクセスもなくはないので、散村がこうしてできたのかもしれない。前後は無人地だ。遠巻きに道路の青い看板もあるので、街があるのかと思い急いで足を向けたが、何もないどころか、どの道のど真ん中で、何分突っ立っても車は現れなかった。耳を澄ます。しかし気配すらない。
私がこうしていて轢いてくれるその蓋然性は0.0001…そんな微小な数字が見え、却って心に雄渾の景色が映ずる。
なんであんな立派な青の案内板があるのだろうか思うが、それはこんな果てでも国が管理していることを、いつでも示しておけるようにしておかないといけないということがあるように感ぜられた。道東は領土の話と切り離せないが、こうしてまずは手元を整備し振興させることは、間違はなく、何か悩みのヒントとなってくれそうだった。
ホームに別当賀という古い案内板があるので色めき立つ。しかしやはり逆の風連湖側の案内であった。落石岬側に出る人は果たしているのだろうか。北海道で地形図に沿って歩くのは動物のこともあり怖く、捗らなかったが、今では各町で自然歩道のようなものが制定され、ここもその一つになっている。
ほどなくして軽自動車がカーブして駅前に投げ込まれ、男子高校生が一人出てきた。思わずこの車はどっからきたんだと思う。とかもく、まもなく汽車が来るんだな。ここに降りるときも高校生と降り違いになったが、降りてくる人がいると思わなかったかのように乗り込もうとしていて、降りんとしている私に驚いていた。しかしもう少し場所が変わると、降りる人を押して乗り込んでくるようになる。この地のワンマンは前の扉一つで乗り降りするのだった。それで道東の人の感じは悪いものではなかった。