飯井駅

(山陰本線・いい) 2012年7月

 
三見、萩、益田方。
 
長門三隅、長門市方。この辺は隔絶されたところである。
こちら側にも静かに集落が広がる。
飯井駅表象。
ブロック積み。
 
みてこれ。10時から12時の間まったく列車がない。 もはや回送運用でやってるようなもん。
高規格道ができたようだ。毎度すごい高い所を走っている。 ちょっと名立駅のことなんか思い出したり…
夏の思い出。
ローマ字にするとTsu(津)並にインパクトある。
愛すべき集落。津波が来てもまた復活しそうである。
携帯の中継塔かな。
長門市からほど近いとは思えない。
赤い屋根もあるけど、黒い屋根もある。
 
駅出入口。
結構長い坂です。
 
山陰本線・飯井駅 待合所
飯井駅その1.
山陰本線・飯井駅 待合所
その2.
 
集落と海
 
この坂を降りてすぐのところが長門市と萩市の境界になります。
 
山陰本線・飯井駅
その3.
こういう鉄橋好き。
 
一切の主要道がかよってきてない。
ここからは長門市。
向こうは萩市。
遊歩道ではないようです。
 
 
家の庭にああいう木があるのも趣き深いなと。
 
 
 
飯井漁港
飯井漁港。
ここはほんと変わっていないと思う。
 
 
 
ロマンチシズム。
こんなところにトイレが!
 
ゴミ置き場ロータリー。
あの山の中腹に長門三隅の方に出る県道が続いている。
 
 
 
海辺にありがちなトーチカ風のコンクリートがある光景。
 
水はほんとにきれいだった。たぶん注いでくる川が短く、 途中に工場も人家もないからだろう。
水深はすごく浅い。
 
 
長門、萩は島が多い。中央奥が相島(萩市、有人島)、 右店のつんつんと2つあるのが壁島。 ここからは見えないが実はずっと遠く(萩市から沖合45km)に見島(萩市、有人島)がある。 見島は大きな島。いずれも萩市から定期船が出ている。
先ほどの相島。
右手火山性らしい平らな島影、尾島(旧有人島)。
笹島、大島などがちらっと見えている。青海島の北の小島にあたる。
右手の尖った島、鯖島(無人島)。
 
 
 
鯖島より左手には尾島、右にはそれ以外の 大島や櫃島などいわゆる萩六島村が見えています。
 
 
青はより濃く。
 
 
 
 
 
 
 
こういうの見ると長門だなと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
何らかの遺構。右手には灯籠が見える。和歌山の和深にもこんなのがあったっけ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これ見たときはびっくりした。この上を渡って車は車庫に入るようです。
 
鉄橋のある町。やかましいけど。
 
ここまで補充しに来てくれるとは…
郵便ポストもある。
なんと美しい建物。なんか駅舎っぽい。
 
やはりガードレールは黄色。
萩市最後の店舗となる模様。
 
駅へ。
 
 
 

 或る無人駅で暑さに悶えながら汽車を待ち、境汰はようやっと汽車に乗った。山陰は長門、汽車は高度を保ったまま深山を縫い、海山のあいだの不思議なところに出た。
 「こんなところで停まっていいのか?」
 降りるのが少しためらわれる、そんな魔力のある駅だった。
 目を見開きながら、境汰はどうにか下車した。
 でも、そういうところってあるものだ。何か引力でも強いのだろうか。

 あまり周りは見ず、粗末なブロック積みの待合所だけを見ると、
 「や、これはひでえな。たったこれだけかよ」
 椅子も座れぬくらい劣化しつくして、汚れている。
 「いったいどこで休むんだろ?」
 汽車が山に消えると、いっせいに蝉の声がどっと境汰の胸板に押し寄せた。背後には海があるはずなのだが、列車を待つかっこうになると、なだらかな里山のもこもこと遠くまで見え広がった。
 「ツクツクボウシだね。はて、なんではじまったばかりの夏に鳴いてんだろ」
 涼しくとも何ともなく、膚を琥珀な刃物で切られる時季だ。けれど今は貴重だといわれるその種の鳴き音を存分に聞けて、境汰は純真にうっとりし、そして、時間が転倒する錯覚を抱いた。
 その築堤なホームからはもう、海の青は山の狭間で愈々深く、あの石州瓦の集落が手に取るようなかわいさで佇んでいて、境汰はじっとしていられなくなった。
 「これは山なんか見てる場合じゃない」
 細い坂道を胸をドキドキさせながら足早に降りていく。
 (何事にもすべきときってのがあるんだ)
 そんなふう珍しく自分に言い聞かしたりした。そうして体を動かすと風が起き、熱せられた磯の香りが漂った。下の道に着くにつれて、それはどんどん濃くなって、境汰はやっぱり海辺の駅に来たんだと改めて思えた。
 海は見えているけど、それだけではやはり在ることにはならないのだろう。

 降りたところは集落を縫う細道で、ほかに道はない。そして右をむけば萩市、左をむけば長門市との看板がとぼけた感じで佇立していて、すっぽりと時間の吸い込まれるようなところだった。
 「ここは存在が厳しくなるところじゃないのか」
 境汰は反復横飛びを試みる。
 息を切らすと、
 「まぁ府県境でないのが惜しいな」
 しかしそこはほんとに境として似つかわしいところだった。境なのに大きな道路は全く見当たらず、隔絶された集落だった。
 「しかし、飛んでいる最中は、自分はどっちの存在なのだろう」
 そのふっとした瞬間、性質が変化するような、なんともいやな気分になった。

 海に出でなん、と民家に沿った川べりを境汰は歩くと、川は海に流れ込まんところで小石が堆積してその一部が堰き止められていた。その境は侵されそうで、侵されきらない、なんとももどかしいところだった。
 川水はその端だけを崩し、海に注いでいる。
 それは瞬間の変化がまさに時間を帯び、そこに現れているかのようだった。
 緊張しつつ器用にそこを渡って平地に上がり、境汰は湾口をみはるかした。そこは安全で、川向こうの舟溜まりでは釣り人がこぞって糸を垂らしている。こちらには境汰以外、誰もいない。

 釣り人はじっと境汰を見ていた。こんなところで釣り以外に何をするんだ、身投げでもするのか、そう思ったかもしれない。
 しかし境汰はなおよしとせず、もう入り江から出てしまいそうなほど、危険な岩場をへつり回り、遠くで境汰のことを見ている釣り人がいよいよ不安になるくらい、行ききれないところまで行ききった。
 境汰はようやく満足した。足元は岩場で、ところどころが濡れているほどだった。

 海は青く深く、遠くには島影がゆらめき、それは長門のロマンそのものだ。
 けれどここは青海島でも観光地でもない。どちらかというと、そこを別のところから眺望しているのだった。それは何か生の世界をただ傍観しているようでもあった。
 「けれどおれは今でなければ、こんなところには来ないだろう。時間が経つにつれて、視点が硬直化し、世俗的になり、ついに観光地にしか赴かなくなるともしれない。そのとき、おれはこのいまのおれのことなんかなんにも思い出せなくなっていて、なんであんな旅をしてたんだろなんて言いはじめるかもしれないんだ」
 そうして境汰はとても安い機材で海を撮った。太陽なんか気にしないものだから、もう境汰の腕も脚も、黒砂糖の麩菓子のようになっている。

 境汰が無事岸辺まで戻ってくると釣り人たちはほっとしたようで、さすがに悪い気がした。どうもそこそこのスポットのようだ。碧水は透き通って漁港なのに浅瀬で、魚群が自由に泳いているのがはっきりと見て取れた。

 背中にいっぱい、黄味を帯びた陽を浴びながら例の境界を素通りし、わざわざ登り口で佇んでくれている赤い機体でコカ・コーラの350ミリ缶を買って、細い坂を登りつめる。そしてあの割れてざらざら汚れた長椅子に尻もちついて、炭酸の抜ける音に刺激を感じると、好きなだけコーラを飲んだ。
 ハチミツをたっぷりかけたような里山の展望はツクツクボウシが鳴きわめいて、今ここぞとばかりに必死に生きていた。
 「おれもきっとあの中の一つなんだ」
 もっとわめけばいい、と境汰は思った。

 ほどなくして、境汰より二十くらい上の或る男性がやってきて、疲れたぁといいながら、長い椅子の端の方から少し離れたところに座る。境汰は中央に座って、山を見ながらうっとりとしていた。
 その男性はおもむろに
 「旅行で来たの?」
 と境汰に尋ねた。
 境汰は満足げな表情を変えず、少し視線をそちらへくれてやるとまた視線を戻して、
 「そうですね。」
 「やっぱりこんな駅ばかりに降りる感じで?」
 境汰は視線を戻さず、
 「いや、たまたま降りただけなんです。なにも調べていないんだ。いや、調べてもすぐ忘れるんです。だけど、僕がさっき降りた駅も、またこんな感じで、綺麗で、不思議で、落ち着くところでした。」
 「そうなんだ。それはそれは…いや、よくいなかの駅ばかりに降りる人をここでも見るものだから」
 境汰はそのことは知らないでもなかった。
 「そうなんですか。でも僕はどっちかっていうと、何も追いかけない方なんですね。追いかけたことなんかないな。それは非対称だし、何よりも苦しいし」
 苦笑を漏らすと、つづけて、
 「それに自分の人生や生活という旅も失ってしまいそうで」
 男性は目を真面目にしながら、境汰と同じように里山を眺め、そうだね、と静かに漏らした。涼しい季節になくはずのツクツクボウシがわめいている。それは時間という物体が陥入するようで、境汰は夏に舞い戻ってやり残したことをしているような、そんな気さえしはじめた。
 「死後の世界はこんなふうに、なんの境界もなく自分が死んだことを知らせる通奏が波動現象として広がっていて、それをずっと聞いているんでしょうか」
 境汰にはふとその男性の影がおぼろげになった。自分の視野が欠けたようにも思えた。もしくは、自分自身の世界が、本当はこちらではなかったのだろうか。
 自分の腕を見るとこんがりと焼け、ついさっきぎりぎりまで進んで望海したことを思い出した。ここに座っていると、海なんかまったく見えないのだった。
 「ともかく、僕はいずれにせよ消耗するつもりはなくって、だから、このときのことは必ず思い出します。そして誰かに伝えるつもりです。人間は思い出すことをやめたら終わりなんだな、きっと。それに。なにか後悔があったとしても、戻ってこられますよ。それを思い出してフィクションに仕立て上げられたら、乗り越えたことにもなるんですから。」
 男性は坂を下り、その姿がふっと消えた。
 ただの真にリアルな蝉の鳴き音と、黄色い太陽の熱さが残った。
 蜜柑色のガードレールのある、たおやかな里山から猛然と響いて来るツクツクボウシに境汰はうっとりしていたが、つとに目を見開いてトノサマバッタのように機嫌よくたーんと立ち上がると、軽いめまいを感じつつもホームを歩いて、集落と入江をふたたび見下ろした。