石見松原駅

(三江線・いわみまつばら) 2011年7月

 石見都賀からひと駅、石見松原へ。トンネルばかりだというのは昨日も抱いた感想だ。しかしということは歩くとなるとなかなかの距離になるということ。鉄道での5.6キロだ。これぐらい乗ると一区間でもありがたいなと思う。
 さて、降りたそこはもうとっくに日の出しているというのに山影でなんか寂しいところだった。石見松原という名はなかなか良い。松原は海を連想するけど、ここは山の中だ。海を起想するのは、やがては江の川の名にある江津の海。そして駅は…廃墟みたいだった。
 こういう山影にひっそりと、ブロック積みの待合室しかないそんな駅に焦がれて来た。もはや僕は木造舎を求めるのではなく、それが作れなくなった時代の駅にも、その幻影を感得するまでに至っているかもしれない。

江津・浜田方
来た方向。三次、石見都賀方。
入口側は棚田?
江津方に見たホーム
石見松原駅その1.
なかなかの鋭鋒が控えている
その名も石見山(628.7m)
あの橋だ! バス乗り場の目印になるのは
石見都賀から一駅です
郷の集落。こちらは松原の集落となります。
江津方
平地が少ないので貴重です

 さて急がないといけない。ここは20分ちょっとくらいしか時間がないのだ。しかもここからバスに乗って潮に向かうという算段。バスの乗り場も不明確である。そもそも止まってくれるのか、バスはちゃんとやって来るのか。
 この辺りも街道上、つとに平地を、対岸に少しく抱卵するところで、そうして里山の前まで一面の緑が広がっていた。向かう江津方には石見山、なかなかのいくつもの小鋭鋒が控えている。もう島根の海辺の市街を予感してもいいのか。

バスを待つ場所はたぶん橋の袂
江津方。短いトンネルが見える
石見都賀、三次方に見たホーム
駅から出るルートは?

 にしても、この駅どっから出るんだろう? ホームから降りる階段はあるが、それからどうやって道路に出るのか… 山ぎりぎりの棚田に細道がうねっているが、まさかあそこを? ほんと不安だらけの駅である。
 線路の路盤を見ると、苔むしてはいたがコンクリート・マクラギだった。高規格路線の証だ。その力を発揮できないままなのは、なかなかに惜しいことだった。

川沿いのメイン道路はこっちだよなぁ…(国道375号)
時速70とあるが? これは検測車用のようですね(141系)。
ほんとどうやって道路に出るんだろう
誰かが水やってんのかな
コンクリートの状態は良い
高速線ですね
待合室。寂しいところですが、ままきれいでした

 待合室はこの区間にはどこにでもあるもので、ペンキがはがれまくってる中もそっくりだった。しかしホームには一つだけ花壇があって花が咲いていて、待合室内には婦人会の名を冠した青々としたじょうろもきれいに陳列されている。朝な朝な当番で誰かやりに来てくれているのだろうか? 自分の地元では面倒な当番という扱いだが、ここはそんな感じはしなかった。

雪積もるんだ…
高規格区間はだいたいこんな感じの待合室内です
江津方
石見松原駅その2.

 石見松原駅は想像通り、山影によこたふ、どこからアクセスするかわからないようなブロック積みの枯淡で渋い駅だった。ただの50年代の簡素な公共構造物でしかないが、そんなものにも哀愁を感じる。駅前の敷地以外は緑に覆われ、何もかも呑みつくさんとしている。手近な山の斜面には向うに二本の高い棒か何かが緑にまとわりつかれ、僕はなんとなしスキー場を連想した。駅前の敷地のどん詰まりもそんな感じで鬱蒼とした緑に覆われている。かつてはそこにも何かあった感じがした。

石見松原駅その3.
橋梁もすぐそこに
開業時はどんな感じだったのだろうか
駐車場?
料金も気にせず使えてよい!
駅から出る道ってこれ?
何らかの形跡を感じる
トイレもどこも同じ型ですね
ほんと寂しいところだった

 そんな感じだからホーム降りたところには人家などなく、どこからか道を下りて行って、眼下に見えていた川沿の県道に降りると思えた。遠くの山の上ばっかりが照って、ここはずーんと重い日陰という何とも寂しげなところだが、バスの時間もあるし、まずこの駅から脱出しないといけない。しかしその方法がよくわからない。案内板はいっさいないし、ちょうど人の幅しかない、緑の海を縫う道しかないのだ。車の幅の道もあったが、なんとなく遠回りな気がして、パスした。
 恐れている暇はない、まずはこの駅を倒さないと、と、人道の方を突き進む。つづらおれで、やがて湿っぽい小さなトンネルに行きついた。これはほんと北陸本線の浦本駅のことを思い出さずにはいられない。構図はそっくりである。

駅から出ましょう
こっちを選択
なんか浦本駅を思い出すよな
出ました
駐輪所たぶん
国道375号
江津方

 意外にあっけなく国道375号に出た。しかし出たそこには駅を示すものは何もない! 古ぼけた駐輪所と、例のトンネルが口を開けているだけである。ほんとこの駅を使う人はいるのだろうかと… 自分が中高生でここを定期利用していたら、たぶん、毎日、都会に住んでみたいと思い描きながら通学していただろう。だからそれは全然ありだろう。せっかくなんだからいろいろと経験を積まないと。けれども、ある節目で、ここに帰ってくることはある、そんな気も確実にした。特別に何かひどい思い出がないのなら…
 つまりは僕はこの一回の下車で、何十年間分の時空間移動をしたことになる。それはあまりに粗雑なものだが、降りたい駅は数限りなくあるのだ、ここはざっとあらすじにすらならない想念という形で、ここに提示しておきたい。真にここを故郷にする人にはもっと濃密な物語があろう。まぁ、しゃべりたがりの旅人くらいに思ってほしい。

石見都賀方
何の案内もないやないか
これが駅だとは
駅前
竹林がありますね

 とにかくバス停があると思しき橋詰まで早歩きだ。そう、駅ある所に橋ありである。近くには下方のの江の川沿いの空き地に十六夜運輸という風流な名を冠したトラックが駐まっていて。そのプレハブの横には自販機が! ということで、駅近自販機あり! にしても…ああいうのって勝手に買っていいんかなと思うが、売り上げになるのだからよかろう。通常は自販機なんかで飲み物を買わずにスーパーに向かうものだが、どこまで行っても個人商店すらないこういう土地にあってはほんとうにありがたい。にしても、補充は運転手さんがされているのだろうか。にしても………僕には月明りも朧げな闇夜にこの国道375号を疾走する絵が思い浮かんで仕方なかった。

三江線のトンネル

 こういう道路沿いの広い土地を土のままで、一人社員として運送会社に、資材置き場に、というのはよく見かける。けれども、土地があるっていいな、と。電気も引いてきて、自販機置いて、プレハブ置いて、仕事もあればあとは…。

バス停これ?

 さて、バス停と思しき所に着いたが、なんとそこは廃墟の待合室が日に打たれてカスッカスになっているだけだった! まさこここで待つの? こんなところて待ってて、バスは気づいてくれるのか? なんか緑が邪魔してて、立っててもおよそ気づいてもらえそうにない感じなのだ、というか、もうどう見てもこれは廃止されているとしか思えない感じだ。 
 慌てて目を転じると、橋詰めを過ぎて向こうの方には、対向車線の側に、丸い看板を頂いたおなじみのバス停がちょこんと立っている。急いでそちらを確認しに向かう。

ここで待つの?
ほんとに?
ヒィィ
バス停の印はあそこにしかない
待つのはあそこ?

 困ったなと思った。バス停には両方向の行き先の時刻表が書いてあり、自分の乗りたい潮方面(浜原・粕淵方面)のバスの運行時刻も書かれていた。しかしこのバス停の立っているのは、逆方向(石見都賀・三次方)の車線だ。
 「いやー、これはどこで待ったらいいかマジでわからん」
 このバス停の向かいで待てばいいのか、それともさっき見つけた廃屋の前で待てばいいのか…
 「うわーこれはヤバいぞ」
 とにかく橋を渡ってその先に見えている集落に行って地元の人に聞いてみよう、と、めちゃくちゃ早歩きで橋を渡りはじめる。

竣工記念の碑
松原林道開通記念
そういえば三江線沿いは何かと碑がありますね
これまでもいくつも見てきました
都賀行大橋
なんと一車線分

 橋からの江の川の眺めはすがすがしく気持ちよいものだった。白々とした中州、瀝青の川水、里山豊かにして、朝の光に輝き… ああ、こんなに美しいのに、もうすぐ乗るバスが到着するバス停から離れて歩くんだから、心はめっちゃ焦っている! もうあと10分あるかないかだぞ! バスが行ってしまったら完全に終わり。こんなところで何をせよと… とにかくガシガシ歩く。
 しかし橋も美的なものだった。色褪せてはいたが黄色っぽくて、驚いたことに一車線分くらいしかないのだ。駅から見下ろした橋は太鼓橋で、立派に見えたのになぁ…
 いっそ橋を架けるなら十分な規格を持たせるものだと思っていたが、江の川ではそういうことはほとんどなかった。それだけ橋の利用者数がどう見積もっても少ないのだろう。

 ちなみに、この橋の名は、僕が机上で予定を立てる際に混乱しまくった原因になったものである。バスの行き先に「都賀行」というものがあったのだが、私はてっきり都賀の方に行くという意味で取っていた。すると都賀とはどこかということになる。僕は当然、都賀本郷のことだろうと思った。しかしそのバスは全然都賀本郷の方には行かないのである。あれっ?どうなってんだ? だ。
 何度も悩んでようやくわかった。「都賀行」というのが一つの地名なのだ。そう、「つがゆき」という地名。そしてそれは、都賀本郷とは全然違う場所なのである。
 そしてその場所がここなのだ。で、この橋の名は「都賀行橋」。都賀本郷はここから南、5.6キロ離れた、さっき降りた駅の町である。
 
 慣れてしまえば何のことはないが、まったく見知らぬ山あいの土地の路線バスは、僕の頭を大混乱に至らしめた。都賀行と都賀本郷が近いならまだしも、地図上ではほんとあべこべのまったく違う土地といってもいいところのみならず、おまけに「行」なんてついているものだからよけいややこしい。
 まぁとにかく、石見松原に降りたらとこは都賀行っていうエリアだと思えばよいいうことだ。にしてもこの「行」ってどういう意味だろう。

江の川
ほんとすばらしい景観だったけど、バスをどこで待ったらよいかわからなくてずっと不安で仕方なかった
駅方
至江津
ちょっと黄色ぼかった

 ほんと慌てていたので、橋の先の集落の写真は撮れなかった。ただヘキサが現れて、また全然違う方向にこの道は進むということを暗示していたのを覚えている。さて、しばらくしてようやく集落が現れた。道路の右側にだけ展開する、偏集落である。ふと声が聞こえるので近づくと、五十代くらいの女人があるお婆さんの家の玄関口で立ち話していた。よしここだと、
 「あのー、すみません、あそこのバス停のことなんですけど」
するとその人はおばあさんに「ちょっと待ってね」といい、こっちを向いてめちゃくちゃ眉を顰めて、
 「どうしたんかね」
と。
 「あそこのバス停なんですけど、潮方面に行きたいんですよ、でも、廃墟みたいなのしかなくて、どこで待ったらいいのかと」
 「バスに乗るんじゃろう、だったらあそこにバス停あるけん、そこで待ってたらいいじゃろう」
 「バス停はあるんですけど、反対側の車線にしかないんです。バスが止まるのはその向かいですか?」
 「えぇ~? そんなんわからんけぇ」すると、婆さんが心配そうに、どうした?と訊いて来たのに、その人は
 「ああいいけんいいけん」といって僕にとっては貴重なアドバイザーかもしれない人を封殺する。
 その女の人は道路に出て、
 「ええっと、駅の方から来たんじゃろう? したら、そこにバス停があったじゃろう。」
 「バス停の向かいで待ってたらいいですか?」
 「バス停があったんならその辺で待ってたらいいじゃろう、橋の付け根かその辺で待っとったら来るけん、その辺で待っとき!」
 と、にべもない。
 んなこといわれても、バスの運転手だって文句言うかもしれんじゃろう。あんな廃墟のとこで待っとったってわからんけん、とかいうかもしれんじゃろうが!
 手を挙げたら、手なんか挙げんでもわかるけん、わずらわしか、とかいうかもしれんじゃろうが!
 こっちはいろいろ心配してるんだよ! バスに止まってもらわないと、にっちもさっちもいかないからな。
 こっちの問題が解決したと思うとその人はまたおばあさんの方に向き直って、ああごめんね、と、にこやかにまた世間話に戻った。
 僕は競歩のような足取りでまた橋を渡って、バス停の近くまで戻る道中、あの人はなんであんなにあのお婆さんに優しいのだろうと思った。僕のようなまれびとに、怪しいとかも含め一縷の関心も寄せず、あんなに邪険に扱えるほど、この集落の中は温かいのだろうか。

戻ってきました
こっちは都賀方面のバスだけど
ポールはこっちにしかないし…
ほんとバス捕まるのだろうか

 結局バスはバスから視認性の良いところで待つことにした。あの廃屋前で待つのが正しかったとしても、見付けてもらえなければ何の意味もない。だから例のバス停サインの反対側、つまり川側で待ったわけだ。少し早く設定してある自分の時計からして数分遅く、バスの全面がむわっと姿を現した。僕は息を止めながら硬直して手を挙げる。運転士はほんの一瞬不意を突かれた表情をするとすぐに平常心に戻り、バスを川側に横付けした。どでかいバスの車体が僕の眼前に現れる。もしかしたらバスの止まる位置とは違ったかもしれないが、何か言われてももう仕方ない。とにかくこれに乗らなければならないのだ!
 中には2,3人乗っていた。僕を乗せると折り戸を畳んでバスは発車する。

 しばらくは山間部の無人地帯を快適に移動する。やはり大型バスというのは乗り心地がいい。やがて「曲利」が案内される。まがり、なんて、ほんと川が曲がったところだからなのだろうか? 乗客のいなさそうなバス停に人が待っているのを見ると軽い失望を覚える。僕は乗合バスの概念にまだ慣れていないようだ。フェリーでの雑魚寝、食堂での相席、そういうものを想像すると、何でもよくなった。

 次に案内されたのは「下曲利」だった。こちらは進んでいるのに、「下」が来るとは、と。つまりは都賀が中心地ということなのだろうか? そうしているうちに潮に到着! 待ってましたという感じだ。ここは景色もよいし、温泉も個人商店もある。ちょっとした保養地だ。自分のほかにも何人かがここで降りて行った。みんな温泉に行くのかと思った。