加賀笠間駅
(北陸本線・かがかさま) 2007年8月
手取川も渡り美川駅を越すと、加賀平野も落ち着いたのか、あたり一帯には水田が広がるようになった。いちめんの緑。盛夏を向かえ、蒸し暑いなか稲はみっしり高くうずまっている。旧急行のモーターの音を聞きながらそんな風景を見ていると、かがかさま、かがかさまです、との女声の硬い響きが車内にびんと響いた。しだいに加重されたかのように減速、白い柱や壁のある、影のできたプラットホームに停車した。加賀笠間、下車。何人かの客が降りて、すぐそこの出口に差し掛かっているときには、待っていた客はもう乗り込んでいる最中だった。
列車はいつのまにか去っていた。ホームに置かれたプランターの、よく育った夏らしい蔓性の植物にひき付けられていた。近くに水場があり、あの水色のホースで散水したようだ。みずみずしい大きな緑の葉。プランターに刺さる黒い棒をきれいにとり巻いている。
跨線橋の壁も駅舎の壁も、白い木造りだった。清楚な有人駅のようだった。
ホームを美川の方に歩いていくと、暖湿気流入り込んだような水色に白の混じった沈鬱な空の下、さっきまで見てきた最盛の水田が広がっている。じっとりとしているが、かすかに渡ってくるのが海風らしくて、ひやっとしている。ほんの少しきもちいい。駅前の方をちらっと覗くと、そこにけばけばしいものは、何一つなかった。
福井・美川方面。
ホームからの風景。
白山側の風景。離れているが宅地が寄せてきている感じだった。
金沢方に構内を見通して。点字ブロックも経年により荒れてしまった。
駅前側の風景。駐輪所。
駅裏の様子。余裕がある。
跨線橋の鉄骨組み。
再び福井方を。
金沢方面ホーム、改札前。
駅の手入れされているのをいたく感じた。
階段前。柱に金沢・富山方面と出ている。富山は遠い。
向かいのホーム、東口の様子。あっちのホームの屋根は新造されたもののようだ。
旧構内踏切。
改札口。
上屋がついえて金沢方。
オレンジ色の線が鮮やかだった。
上屋終わりの様子。右手便所。
隣の福井方面ホームの全景。待合室がある。
駅裏には駐車場も広がっていた。
ホーム端付近にて金沢方面を望む。
このあたりまで来ると床面は古いコンクリートになった。
駅裏側。住宅地や駐車場ができたが、まだ田んぼも残っている。
構内を福井方に俯瞰して。
駅前側に残る貨物側線跡。2線分はあり、規模があった。
そこから見た駅前の風景。なんだかんだひしゃげながらもフェンスがきっちり構内を取り囲んでいた。
駅の花壇。たっぷり水をやらないとだめな気温。
棒には朝顔が蔓を巻いていた。暑い中飄々としている。
上屋下にて。
隣のホームはやはり新しい感じだ。
駅構内は特段に何かあるわけではなかったが、プラットホームの古びた縁石や、北陸特有に赤っぽい床面、何気ない水田と新しい家の遠景など一つ一つが、一般的で上質な想像を育んだ。駅裏では、別棟を建てて出口を作ったぐらい、新しく住宅ができたらしい。けれども開発らしさはなく、加賀平野の広がりに飲み込まれんとしていた。それで自分の暮らしという想像も、飛翔を許された。
跨線橋内にて。
広がる豊穣な加賀平野。
松任、金沢方面。こちらは都市に近づいているせいか家々が詰まっている。
上りホームから見た改札前の風景。
旧3番線。レールは剥がされて久しい。
左手は据え付け長椅子のある待合室。
東口改札口。営業時間は朝7時から8時となっているが、
扉が開いているので、それ以外は締め切るという意味ではなく、
東口での出札業務がその営業時間内ということだろうか。
駅舎内の様子。
右手出札口。
よく知られている例の特急車両座席の流用。
松任駅の裏口にもあった。
向こうからやって来たら突如として道路が終わっている感じだろう。
小舞子駅前と同じ要素を持っていた。右手に駐輪所。
東口と売店。
東口を出ての風景。見えているホームの横にはレールがあったはず。
暑さをしのぎたくもあってホームの屋根の影に入り、本式の改札口を通って中に入ると、中は古風な内装ながらも待合所や本棚が整えられ、窓口には町の人らしい係りがおり、ここをお世話しているようだった。一息つけるような朝顔の涼しげな飾り付けがなされ、想像上の列車待ちではなく、町の人が列車が来るまで本当にここで憩うようだった。駅舎の中の調い方は、新しくないものの、丁寧で、でも気が張りすぎていないものだった。
本式駅舎内の風景。
お待ちかねの図書コーナー。文庫本もあったが、
子供向けの本が多いのが特色。小学生が駅をよく使うのかな。
こちらテラスのようになったところ。
以前何に使われていたスペースなのかわからず。
駅舎内全景。非常によく手入れされていているのがわかった。
出札口に花など添えられているのも、とてもいい。
写真では改札口上部にポーチライトを新設してあって、
けっこう改装もしたようだ。
自動販売機コーナー。こういうスペースはときどき見かける。
出入口から見た駅舎内。
駅を出て。
駅前も暑気にかかわらず冷たい風が少し動いていて、ひと雫のさわやかさがあった。白い石を敷いた歩道がとてもまぶしい。近くに石材店があり、そこからの石なのかと思った。ささやかな新転回場からは、一集落が始まっている。
駅前ロータリーの様子。
駐輪所。高低差があり少しおもしろい一角。
倉庫のようなものがあった。
駅前の様子。
この白い舗石が何よりも印象に残る。
そして駅舎を見て、胸がむっと詰まった。加賀平野のとある町に降り立ったという感慨が、夏空の冷たい雲のように湧き出した。緑の庭のある白い木の駅、白く輝く石張りの歩道のある、小転回場。加賀って、こういうことだったのか。偶然取り出された、一地域。抽象的にも美しかった。
じっとりした暑さに耐えかねて日陰に入ったところ、そこは駅庭の前だった。さすがに池の手入れまではもうしていないだろう、と考えありげに覗き込むと、水が湛えられ、蓮が、円く葉を広げていた。花も咲いている。はっとする涼感と美しさ。駅舎内といい、ここの手入れには感心した。
駅出入口と駅庭。
駅前から見た駐輪所の奥まった一角。
そういえばこのロータリーの中央部、ほかのよくある駅のものとは違って
植え込みではなく樹木になっている。
加賀笠間駅駅舎。
駅舎その2.
駅庭の池。
駅を出て右手の通り。きれいな町。
ロータリー内にて。
あたりは住宅だが、いずれもきれいなお宅だった。一軒一軒余裕があり、けれども田舎風ではなく、新しい画一さの疲れもなく、がきんがきんに熱せられた昔からある消雪パイプが、冬を忘れほうけてかげろうのなかを伸びている。あと忘れないようにと言いたげに少しだけ、北陸らしい古い民家が添えられた。太陽の射差す中歩くと、加賀千代女の「朝顔や つるべとられて もらひ水」の句と、朝顔の絵があった。句の言わんとするところを思い出し、ああ、ここは余裕のあるところなんだ、いいところなのだなと深く思いに染み込んだ。加賀千代女というと、入弟を申し入れた師の前で夜通し句を読み、やっとそれを認められた、というお話がまず思い出される。松任は俳諧の文化のあるところなのだった。もとい、文化を守りはぐくむ加賀だった。
この句は、思いもよらなかったところに巻きついた朝顔を見つけたときの驚きを思い起こさせてくれた。自分のときは自転車やまったく別の棒だったりして、そこじゃないと笑いながらゆっくりほどいたものだったが、つるべに巻きつくこの句の朝顔は、見えない水が想像されて息を呑むように美しそうだ。でも、つるべとられて、というところが、軽妙だ。そういうわけで、なんだかぼんやりした、ふわふわした足取りで水をもらいに行く様子が浮かんで来もした。
この白い歩道を歩いて毎朝駅へ。
ちょっと北海道風の建物と、古い自転車屋さん。
セキネサイクル。隣に和菓子屋があった。
駅前通。
駅舎遠景。駅舎に直接行く道は進入禁止なので注意。
跨線橋と駅舎。
何度か駅を眺めた。加賀笠間駅、との木板。蛙のいそうな蓮池のある駅庭を引き立てる。もとは白色ではなかっただろうけど、この町と駅前と、とても合っていた。しかしこうやってじっと眺めていると暑くて仕方ない。飲み物を買いたくてしようがなくなってきた。販売機はくしくも駅の外観を乱さない形で、雪国らしい入口脇通路に設置されてある。
駅の中に入った。涼みたくなった。中では5,6人が思い思いに待っていた。さらに19ぐらいの女性が入ってきて、窓口に行き、野々市まで、と言う。50くらいのおっとりした男の係りは、やさしくもったりした口調で、さらに「どこ行くの」と尋ねた。そこまで訊くのか、よほど顔見知りなのかと思っていると、女は「びょういん。」と答えた。この人ははちょっと頭が緩いような口調だった。しかしその直後、急に切羽詰ったように「うち、跡継ぎやから心配やねん!」と言い出し、待合の人たちが、だっ、と笑った。係りの人は気おされて、やりどころなさそうに、そうかあ気いつけな、と流し切符を手渡した。恐ろしい田舎だった。そういえば、この駅舎に入るとき、窓口内に上から人が出向していたらしく、ここはここうせよ、こうしてください、と、この係りの人はいろいろ言われていたが、返事といえば、はぁい、はぁい、とのんびりしたものだった。加賀なのかな。ここに住めるだろうか…。
数人で影の入ったホームで待つ。到着しつつある列車は白い車体に水色の線の入った元急行車の金沢行き。方向幕の金沢をここで見ると、ここが近郊かのようだった。車内は冷房が効いている。これに乗って金沢の一歩手前、西金沢へと向かう。
この加賀笠間駅は石川県内の北陸本線では、最もいい駅だった。待合室、植物がよく手入れされ、俳諧を大切にする心意気が感じられ、文化を感じる駅だった。また、純朴な途中下車が似合う、加賀のとある町に来た…、そんな情感をみごとに湧出させてくれた駅だった。
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