昆布盛駅
(根室本線・こんぶもり) 2010年9月
ほんとに変わったというのか、いかにも北海らしい駅名で、きっと海藻を干した風景が見られるだろうと思っていたが、降りたところはきちんとした林道のそばで、駅舎すらない簡単な駅だった。
「なんだ山の駅か…。」
しんとして冷たい山の匂いが鼻孔を刺す。久々に潮の匂いでなかった。
「でもこんな駅名ってことは海に行けるんじゃないの? それにあたりに人家はないのにさっき乗る人は結構いた。でも時間が…」
「よし、行こう!」
と、決めたら脇目もふらず歩かないと次の汽車に間に合わない。それを逃したどんなことになるか…。
二車線道をながなが下っていくと、とんでもない風景が遠くに現れる。真っ垂直の海蝕崖の上に広がる、軟かそうで真っ平らな岬。
「なんぞこれ?」
というかこんなすごいものがあるところだったのかと思い、今日はもう無理だと思った。こんなところを堪能するには半日以上はかかりそうだった。
しかしそんなことよりもっと凄いものを見つけてしまい、私は大混乱に陥る。
岬の方はもうええわ、ひと気のなさげな北側は、と目を移すと、か細い半島の、ハイマツやササ群落の、柔らかい柔らかい、ところどころ焼き菓子の土の色をふちにみせながら、そのみどりの洋菓子が、高級なブルーの洋酒に浮いて、どこまでもどこまでも続いていて、「あっ」と。
「ばかだ。」
「駅を捨てるべきだった」
それだけでも凄いのに、信じられないようなものを見つけてしまう。真っ平らな島が二つある。はっきりいって、こんな旅をしているくらいだから、小さいころから国内地理なんて知って当たり前だと思っていた。しかしあんな奇天烈な島は、私も知らない。「えっ、あんなんあったっけ?!」「ないよないよ。ないって。」
しかしいくら目を凝らしても、陸と繋がっていない。
「あるんだわ。」
笹を薙ぎ払うような、オホーツクの風とともに。
「よし。あそこに行こう。万難を排してでも行くぞ。」
とにかくすばらしい島だった。さっきの岬よりもっと薄く、けれどやはり真っ垂直に切り立っていて、そっくりそのまま、地平からせり上がったかのようなのだ。あんなおもしろいものは見たことがない。
帰宅してからすぐこの島のことを調べた。ユルリ島とモユルリ島といい、その名にも感動した。その音は目の前に存在するかことが疑われるかのように不思議で、揺らめいてい見えるのに似つかわしかった。おまけに野生馬もいるという。すぐさま航路を調べるが、なんと立ち入り禁止だ。「そんなんどっかチャーターして袖の下で…」 いや、有名なエトピリカなど海鳥の繁殖地だからという理由で、なるほど、と。そこまでいわれて侵す人もいまい。しかしどうしたって行ってみたいが、どうもかなりになんともならないらしい。
しかしユルリ島とモユルリ島を見たとき心に激震があった。それはつまり、自分が想像していたものが予期せずして現れた、そんなところだった。
島に一人というのは少年らしい想像だが、実際小島に行ってみるとそんなにいいものではなかった。しかしあの島は…。青年と老爺が一つに同居するようなイメージをいだいた。
昆布盛には漁村があり、ある程度まとまっていた。いかにも漁に向いていそうで、古くから人が入ったらしく神社もある。そして隣の落石がいちおう求心部となるようだ。だから昨晩の列車も落石以東が最終の役割となったのだった。
何度もあの岬の、襞のあるビター・チョコの断崖を振り返って目を凝らしつつ、森の駅へと踵を返す。とにかくここにはまた来よう。こんな駅ばかりのつもりで深入りするところではない。
運賃表を見るとおかしい。三駅先が九百円などとなっているほか、あとは二千三千の世界だ。しかし根室は二百六十円と、ほとんに安い。ここは根室都市圏である。
そうして闃たる待合室にいると、集落の人々のことが想われた。
こんな林の中の乗り場だけの駅でも、あんな爽快な風景の村落を擁しているのか、と。我々は入口は縦令どれほどつましくとも、かならずやその扉を開いてみるべきなのだ。それでこそ、旅人であり、そうでなくては、人間とは呼べぬ、そう考えているが、旅人という人種なのだ。