標茶駅

(釧網本線・しべちゃ) 2010年9月

弟子屈方。
五十石が廃止になるとは思わなかった。
鋼板波板が残念。
 
駅裏の風景。
標津線はレール置場となり…。
あれはなんだろうか。
標津線ふるさとの鐘とあった。標津線はここからオホーツク地方を繋いでいて、 あれば旅行には便利そうだった。
標津線起点のゼロキロポスト。
弟子屈(摩周)方。
新調された駅名標。
検車区だろうか。
特急がプァーンと走っていきそう。
釧路方に見た標茶駅構内。
駅裏ヤード。
 
木組みの上屋が残る。
白線の残る風景。
今日の下車駅はここが最後の予定。
 
跨線橋にて。
弟子屈、斜里方面を望む。
釧路方。
こげ茶の窓枠が伝統をのぞかせている。
模型のよう。
東釧路方。
かつてはあそこにも留置線があったろう。
 
 
 
 
典型的な「駅」の印象。
 
 
 
改札前にて。かつてにぎわった道内の中堅駅の典型例。 留萌とか、石狩沼田とか。
 
 
 
 
発祥は1887年と古い。
イリノイスチール1887と彫られたレール。安田鉱山鉄道時代のものが記念に飾られているのだろう。
山が高くないので、内地の野田かな夕暮れに見える。
 
 
 
 
 
北海道の駅はあちこち開いてる。
水飲み場は汽車由来だろう。
駅舎内にて。
タンチョウ。茅沼を思い出す。
大屋根が昔の北海道ぽい。
待合所。トイレもあり。
 
 
 
 
前玄関のある駅舎。
 
駅を出て。
 
出てすぐ左にバス待合所がある。
標茶駅駅舎。
その2.
店舗跡。
駅前街の片鱗。
駅舎前広場。
3.
ああいう中央部の休憩スペースはなかなか好み。 あるけど占拠してはならないという。
 
樹は街としての誇りであろう。
4. 雪落とし仕様。
5.
SLのふるさととのこと。ときおり「そば」の変体仮名に見える。
あのオレンジの看板のお店は何だろうか、と気になって仕方なかった。
 
6.
 
人影はない。ただずっと先のバスや汽車待ちの学生がいるくらい。
休憩所その2.
バス停みたいな駐輪所。
ロータリーは2つもあるゴージャス仕様。
LRTを想う。標津線は阿寒バスが今は代替機能を担っている (ちなみに標津線の方向は写っているのとは逆方向です)。
立派なバス待合室。
 
7.
ロータリー中央部。
 
街へ。
 
 
厚岸が出ているのは意外。
セブンと同じ配色。
 
直進、中標津(標津線)、右折、弟子屈、左折、駅舎。
 
以前はどんな街並みだったのだろう。
新築の北洋銀行。
至、駅。
郵便局がある。
 
 
日本海上のあれではありません。
 
 
開運橋にて。
釧路川の河川敷。
 
 
私はこういう日長の夕暮れは好きである。
 
 
標茶のネコ。
ネカフェだったらなと思うが、そんなわけはないのはわかっていた。 しかしパチ屋とはなにごと。
8.
9.
10.
食糧品店で買ったもの。食べるところなんかないから仕方ない。
 
釧路行きが到着。知床斜里方と行き違いになる。
 
 

 貨車を転がした小駅を過ぎ、山を越えたころにはもう夕方だった。湿原駅からも人を多く乗せた。もう宿にはいるんだろう。けれども道内の人の感じでもあった。標茶はその名がとおっているように、主要な町だ。ホームの端には標津線の記念碑があり、芝生化された広大なヤードが見て取れる。跨線橋やホームの古い短い上屋を見ていると、今にも汽車が来たり、標津線も走っていそうに錯覚して、懐かしさがあった。
 窓口には見習い中の女人が緊張感の中、にこやかに応対した。背後にはベテランの男性駅員が立っている。
 しかし私が出ると、その人はその中の人にお疲れ様ですといって、ぷいと駅務室を出、別人のような顔をして自転車に跨って消えて行ってしまった。17時で上がりの契約だったようだ。たぶん疲れたんだろうなと思いつつ、夕暮れの標茶を散歩する。でもこの辺ではいい職なのだろう。

 駅舎は一回見たら誰もが忘れられないような、三角形をどんと置いた意匠。茶の字の一部を取った、明白な標(しるし)としての建物、といったふうに根拠が感じられるからだろう。ひっそりとした似た建物バス待合所は、標津線代替バスの存在を物語っている。

 メインストリートは区画整理されたところもあり、きれいにされていた。釧路川を渡る開運橋を渡ると故郷感も強い。

 もう日が落ちて薄青くなったころ、ここが最後なので店を探すが個人の食糧品店しかない。しかし外にも箱を積まれ、品ぞろえがよさそうで、十分助かった気持ちだった。ところが、そこで私はかなり怪しまれた。たぶん荷物が大きく"見かけない顔"だったから。客が二三人いる中、ずっと視線の追尾を受けていたが、食べ物や飲み物を手にしていて、出口あたりのものを取りに行くと、もう集中砲火である。もうここでしか食料を得られないし、とても助かっているんだけど。仮に持ち逃げする人がいてもこんな小さな町ではすぐに捕まるだろうに。そんなことより怖いのは強盗だ。
 辛くも会計後店を出た。「あんな疑うかふつう?」。空がまだぼんやり青く明るい宵の空に、外灯が浮かぶのを眺めて、自由の空気を味わう。

 駅に戻ると一人だった。ひと気ももうない。あの三角の高天井にぼんやり明かりが灯り、今朝茅沼駅で見た紙のタンチョウが吊られている。それで本当にタンチョウのまちなんだなとしみじみと哀しい。
 ホームを覗くと、ただ、しべちゃと記した駅名標が、やはりぼんやりと灯っている。けっこう主要なまちなのに、18時でこれか…私は一人であることに安心して買って来たものを食べる。駅に降りてばかりいると夜は気づけば、こんなふうに済まさざるを得ない。外ももちろん、人影はなく、ただ少し離れた交差路が赤を灯し、やがて軽トラのヘッドライトの光線が駅前を掃過する。

 19時台のこの駅で交換の列車に乗った。網走行きだ。高校生を含む数人が降りてくる。本数は少なく、一本一本に意味があるような汽車だった。