須波駅

(呉線・すなみ) 2011年5月

 新聞屋が駅舎の中にバイクを入れてエンジンをかけられたせいでほんとにひどい目にあった気分だった。それや、ここは寝るところじゃないし文句はいわれないが、もちっと気遣いというものがあってもよかろう、とふてくされたって、そんなに僕も責められないだろう、そうおもえるくらいには、ずいぶんとひどかった。だって彼は毎朝そうした奇特な習慣を他人に何か言わせるのを許すことなく過ごしてるんでしょうし、かたや僕ときたら、こんなことをするのは年に数えるほどしかないし、ここに来るのも最初で最後なんだから。え? いや、わかるよ。毎日の繰り返しが妨害されることの腹立たしさというものはさ。けれども僕は、そうした毎日の繰り返しが逆に苦手なタイプなんだ。例えば毎朝同じ場所で同じ缶コーヒーを買う、駅に入る前に一服する、などなど、精神を安定させ、仕事のスイッチを入れるには心理学上、必要欠くべからざる行為らしいのだが、僕にはそれにかなりの抵抗感があって、毎回違うことをせずにはおれないタイプ。まず違う車両に乗る、違う改札口から入る、違う駅に降りる…なにかとストレスの多い朝には、最も快適に過ごせるパターンを見つけてそれを繰り返すのがいいのだが、自分はそれをすると、おかしくなってしまう。だからダイヤが毎回同じだと、息が詰まる。そもそも…繰り返しが好みなら、こんな鉄道旅なんてするわけがない。

 僕は本気であの新聞屋を恨んでいるわけじゃないのは明々白々だろう。だって、彼が僕が毎回同じような駅寝になることから救ってくれたのだから。あんなできごとこそ、STBの醍醐味というものだ。また繰り返しを好まぬゆえに、僕は彼のせいで一日の始まりが汚されたなどとも思わない。そんな程度で僕の一日は壊れるものではないし、そもそもそれを補って余りあるほどの一日に恢復させられる力がある。精神への闖入者など、ワンパンで即KOできるのだ。
 今僕の体は朝4時50分に呉線の須波という駅にある。こんなことはまずないことなのだ。夜行バスを使っても、新幹線でホテルに泊まる旅をしても、なしえないことなのだこれは。その貴重な体験を、僕は明けきらない紫の冷たい空を見ながら味わった。この朝方の薄明の時間というのは、旅人の時間である。僕は早く明るい海が見たくなって、日が登るのにやきもきした。

なんとなし雲が湧いてるが大丈夫そうだ
汽車時代を彷彿とさせる土のホーム
ひっそりと民家が佇む

 山の斜面を這いつくばるように民家は立ち、一方で海側には。まだ日本が豊か過ぎなかったころのように、奥ゆかしく民家の甍がつづき、海の水面が島影のところまで縹渺としていた。三原からひと駅、近郊であるはずものの、すでにうみやまの狭い間の呉線を、これからどんどん進んでいく、そんな予兆を示す駅だった。

これ一応JRの寮だけど、あんま入ってなさそう
そのままですね
白線の内側の風景…
広島県内のローカル線という趣福塩線や芸備線にありそうな一景
階段上がってきたらこの風景が見える
始発はまだだいぶ先だ
あちらの方まで家々が建っていることからすると、なかなか大きな集落である
電車に乗ってハイキングしに行くなんて、小学生のとき以来やってない
駅至近の寮です
呉まではだいぶ遠い
駅舎に行こうか
かつては駅員が集札していたのだろう、その影がちらちら見える
昨冬駅寝した下里駅を思い出していた
思ったよりきれいだけど、実物はそんなでもなかった
そしてすぐ海…
無人化されて久しい
ちょっと特殊な駅で、向かいのホームへは一般道を通る
左手も使ては駅前商店だったのだろう
須波駅駅舎その1.
2.
もう廃墟になってんのかなと思いきや、現役の寮でした(すみません)
3.
立派な木造家屋です
4.
小佐木島
階段上れない人はこちらから
向かいのホームの待合所

 海がほど近く土地は少ないはずなのに、端の方に貨物ホームがあり、その敷地は広かったという驚きもあり、そこからしまなみ海道の島々と海がかすかに見えたときは、朝の空気も相まって気持ちよかった。少し探索するだけで近代の産業史に出合えるのは、まだここがその時の夢をあきらめきっていないからだと思えたりもする。
 その敷地を横断化する構内踏切も珍しかった。それで僕は津軽今別駅を思い出していた。あんな高速線を横断する踏切があるのだもの。ちょっと規格外なものが当たり前のようにそこにあって受容されている、それはどの分野であっても、その郷土を特徴づけるものだといってもいいだろう。それを味わうのがすなわち旅だとすらいえそうだ。

三原方
いまどきこんなスタイルが残るのも珍しい
筆影山に張り付く家々
いまも保線などで使われているのだろうか
結構鋭角ですね
やっと日の出だ
大きな駅だった
ほかにも何線があったようです
奥深くまで集落が続いてます山手は果樹畑にもされているそうです
こんな何気ない駅から見る瀬戸内の日の出もいいものだ
なんとなし三原市街に出たくなるかも
使われてませんね…
たぶん左手が旧道、右手の新道を作るときに、さっきの階段と、これから見る三原ホームの出入口を整備したようですここが自由通路を兼ねていることからすると、自治体とJRの両方でこうした整備をしたのかもしれません
トンネルの先は筆影山と案内されていますが、山頂付近まで車道がついているそうです
旧道の様子駐輪所として活用されています
三原方面ホームの出入口付近
よいですね
駅前商店の名残があります
いよいよ明るくなってきた
見晴らし良さそう
なんとなし学ランを着て座って待った記憶…でも今は自由の身だ

 僕は文字通り今もくっきりと引かれ使われている白線のその内側に立ちながら、うすい潮風に頬をくゆらされながら朝ぼらけの海を眺めた。なにか特別に美しいわけではないけど、地の人すらそんなに浴さぬ光景に身を浸して、幸福を感得していた。地の人だって、何か特別な用事があって始発でここを発つとき、この朝ぼらけの海を眺めて、そしてそこに「旅」を感じ取るだろう。そう ― 僕はこんな風に駅ばかりをめぐるといった人工的に取り出した旅よりも、むしろ、人生で必要欠くべからざる理由があって旅するとときに出合う光景こそ、旅の光景だと、そう ― 僕が一人旅を定期的に、しかもこんな風に方向性を定めてはじめるまでは、そう固く信じていたのだ…。
 だから遊興で寝台特急に乗ることは、憚られた。けれど人生でいくら待っても。僕が必要欠くべからざる理由で青森に鉄道で赴く行幸にはまみえなかっただろう。けれど本心から言えば、やはり仕事などで社会や人から必要とされて、旅せざるを得ない人生を歩みたいとは思っていた。

昔はだいたいこんな感じで上屋は短かったです
竹原、呉方面を望む

 しかしそんなことを言ったって、いくら何をしても、僕の人生がそんな風に「旅する人生」に代わっていく行幸にはまみえなさそうだ。ほとんどすべてといっていい人たちが定期券で往復しているわけだし、そもそも農耕民族とはそういうものである。どんな民族よりも安定を希求したんじゃなかろうか。
 けれど ― いっぽうで、こういう人工的な旅がまったくの不必要からきているわけではないことは確かなんだ。もし自分にとって水のようにいろんな土地の空気を吸う必要がないのなら、こんなに苦労して旅する理由なんてどこにもないのだからね。この旅は、ほかならぬ僕自身が、強烈に必要としていたんだ。そう、自分の人生を半ば捨てでも―

変わって、駅舎前の通り

 駅から海まで歩いて、低い堤防一つ隔てて道路と海面の高さがさして変わらないぐらいの満々たる海感を得ながらの朝の光を浴びると、明朝のあの一件はきれいに浄化された。どこかでカブが走り回っている音が聞こえてくる。もしかしたらあの彼かもしれない。というより、きっとそうだろう(コンナニ セマイ トコロナノダカラ)…きっと彼も気持ちよさそうに仕事しているに違いない。
 いずれにせよ、こうして僕の旅はまた幕を開けたわけだ。前泊を入れれば三日目になる。

幹道に駅案内アリ筆影山は国立公園だそうです
新たな旅のはじまり
ほんと海抜低い
漁に出るしかないなぁ
磯焼けはしてませんね
ここも昔は浜だったのかな
古代から瀬戸内海は航行に利用されていた
生口島あたりの工業地帯かな
須波駅その5.
6.
7.
トイレは外にあります
8.
そろそろ列車が来ます

 しばらくは、呉線内を漂うことになりそうだ。僕だけみんなが向かう三原方面ではなく、ひとり、とてもすいている逆方向に乗る。

白線の内側で待とう
快速広島行