十弗駅
(根室本線・とおふつ) 2010年9月
気動車はただガーと音を立てて大圃場を疾駆する。十勝川を渡ると乗換駅の池田からはそれに沿って海へ南下するから、ちょっと雰囲気が変わる。つまりよくある川にそった平地だ。こうして帯広を中心とする十勝平野とも別れることになった。この辺になって来るとちょっと胸が騒ぎはじめる。札幌圏からだいぶ遠く離れたな、と。むろん十弗の音からもそんな感情も沸き上がった。もう陽の光が濃くなってもろく寂しい色だった。
その十弗に降りたときははっきりと暑かった。夏の道東はフェーンでこうなるのだ。おそらく集落型の駅で、かなり前の小さな木造舎が残存している。水色に塗ったトタンは北海道の風土を最もよく物語る意匠。札沼線の末端線区によくあるような建物だった。
辺りはぱらぱらと家があるくらいで、何もない。駅あるくらいだからなんかあるだろうと歩き回るけど。喉が渇いたので自販機を探すが、見当たらない。ひと駅外したらこんななるかあ、と嘆息しつつ日差しを手の甲で遮る。昼間の深い時間帯だった。
ふとある人家、車を出す。こちらをちらりと見るが、こんなところによそ者がいたら怪しんでもその人を責められなかろう。「それにしても人いたんだ」なんて思う。池田に買い物にでも行くのだろうか。
時刻になると、一人初老の男性が駅舎の中で待っていた。中は本などが置いてあり、温かみが感じられるよう調えられている。もっとも大概置いてある本はいらないものであるし、読み出すとほんとに時間を忘れるので手にはあまりとらない。その男性、こちらを見つめて、煙草を吸ってもいいですか、と丁寧に切り出す。灰皿があるのを知っていたので、そういうところだというのはわかっていたし、ええどうぞ、と驚いたように返す。男性、ほっとしたように煙草を吸う。こんなタイプの人は札幌にはいまい。この後釧路でも体験するが、道東は少し人当たりが違う。十弗を十ドルと謳った看板もあり、小さな集落の駅の割にこんなユーモアで売り出しているのはちょっと不思議な感じだった。別な魂胆があるだけでもなく、ただそれだけ。しかしそれもよい、と思うのだが、北海道に来たわりにだいぶ暑い思いをして、飲み物もないし、ちょっと参りはじめていた。こんな秋霜烈日というか、よくこのトタン屋根の木造舎も耐えているなと思う。雪と陽射しを除けられる歴史の詰まった建物があるのは幸せなことだった。