椿駅

(紀勢本線・つばき) 2010年2月

こんな道を行く。
ようやっと駅が見えて来た。
再び構内を警邏。
癒してもらう。
今宵の宿。
椿と遠くの駅名標。椿は始終ガサガサ鳴って不気味だ。
朝になって。もう6時だというのにこの暗さ。

不思議な椿

 帰りは途中までは楽だ。国道の屈曲した坂を下っていけばいい。朝来の交差点が見えるころには、もう憂鬱で仕方なかった。またあの山の道を独り登っていくんだから。

 帰りは「本道」を進んだが、山が倒れそうに迫ってきていて狭い道は不気味そのものだった。夜の海の谷はなんともいえない。しかしやがて見知った道に出ると信じていたから、突き抜ける。
 平坦のところはとにかく飛ばす。こんな時間にこんなボロの自転車で山の奥へ入っていくのは気持ちが悪かった。車なら楽しいだろうけどさ。

 いつしか例の二車線の道に取り付いていた。少しほっとするが、途中区間だけ二車線にしたのは、何か吸い込まれる心地がする。不思議だ。停まるのが怖く、坂でも何でも突っ走るが、もしこのまま駅前が想像より遠かったらどうしようかと思った。外灯のない区間は当たり前だが何も見えず本当に真っ暗である。この時点でもう風呂の温かさは何も感じなかった。どこかへ飛んで行ってしまったのだろう。でも服の中には湯の香りがあることを願う。
 無理して勢いよくく漕ぎつづけ、駅前になだれ着いてやった。そこには確かに椿駅があった。これは山の中の信号所だな。近代的な線形ゆえ、こんな山手に駅ができたんだろう。さっさと自転車を片付け、駅へ向かう。トイレは新設だ。何も問題ない。

 駅舎の中に入って、休憩する。中にはテーブルがあり、椿温泉のパンフレットや句の短冊などがあった。実に何でもないが、終列車まで二時間だから、そんなものを暇に飽かしてじっくり読む。小学生の活動についての広報もあった。
 自販機もあるから飲み物のも確保だ。
 「ふーんこれは宿屋のようだね」
 しかし蛍光灯が暗く、地面はかなりくすんだ石をはめていた。一般の人にとっては本物の宿屋が次に待ち構えているところだ。
 ちょっと暗いなぁと思いつつ、終列車を待つ。
 「あ、そういえば」
 気になる建物があったのだ。はじめは役所かなと思ったが、どうもそうではない。外に出て勇気出して近くまで行ってみた。
 誰もいない山の駅前。季節風だけが森を揺らし、真っ暗な数階建ての建物が山辺に控えている。
 「小学校か…どおりで、ああそう。」
 すぐに駅舎に戻った。
 夜の学校ほど不気味なものはなかろう。とはいえ朝には児童たちが活動するのだから、そんなこと言ったらいかんなと思うも、むしろ今いないからだとも思える。放課後、夕暮れの校舎内を思い出せば十分さ。児童らが怪談を思いつくのも無理はない。まあ、いまや怪談以上の現実が控えているわけだけど。

 終列車をひたすら待つ。夜が深まるにつれて、山からの風が強くなって寒くなってきていた。外口はきっちり閉めたが、相変わらず改札側に戸はない。ラッチまであり、かつては駅員もこの中に立ったのだろう。今でも一部の特急が停まる。
 駅舎の中がもうじっとしていられないくらい寒いので、外に出、新しい多目的トイレに入った。多少は暖かかなと思って。しかし座るところはないし、ほんのわずかしかましじゃない。そんなところで待つのもいやになって、出るが、結局暇に飽かして駅舎とトイレを出たり入ったりして、寒さ凌ぎ、体を動かしていたようだ。

 ようやく終列車が着いて、一人女性客が降りた。その人は駅前で電話するが、いつしか一人で去ってしまった。それで寝床の準備をして、ためらいなくシュラフの中に入る。今夜は寒そうなのでカイロを投入した。この日一日使っていたのは、靴の中に入れておく。気休め程度。いつものようにまずはアウターも脱がずにそのままシュラフに入った。慣れてきたら徐々に脱いでいくつもりだったが、今夜は無理かもしれないと思った。
 当たり前のように夜の駅舎の中に寝ている。これまで仰ごうとも思わなかった天井がありありと眼前に現れる。汚かった。
 ただ自販機の唸りだけが聞こえてくるが、周りが静かなだけに、外口を閉めていても少々やかましいと感じるくらいだ。外が寒いので、必死に温めているせいも知れなかったが。いずれにせよ、マイコンなるものに人情を感じたりするほどだった。
 それから三十分ほど経ったころ、駅舎の真前に車が乗りつけた。エンジンがやかましく、ライトはまぶしいくらいだ。終列車がいったちょうどいいころあいなので、また保線かと思い、上体を起こしそのまま外を窺うが、一般の軽だった。「もしかまだ列車あったか!? 」と思うも、「いや、絶対ない。何かの間違いだろ。もう寝よ。知るか。」
 だいぶ長いことそのままで、もしかして、ここでその人は車中泊するのかと思ったほどだった。
 やがてその人はエンジンをかけたまま車外に出、扉を引かずにこちらを窺ったらしいが、飲み物を買って再び車内に閉じこもった。静かな山の中だけにエンジンがけたたましいが、やはり寒いのだろう。もっともこんな時分の山中、うるさく思う人などいないのだが。それから十分経つ前くらいに、軽は去っていった。あの女人の行き違いになって、戻った車内から電話をかけたのだろうか? それにしても例の女客が着いてからあまりに時間が経ちすぎている。まったく関係がないように思え、まるでもうすぐ終電が来るつもりでいるかのようだった。「いったか…」。微かに排ガスの匂いがしている。

 「なんだかんだいってまもなく零時じゃないか。五時間寝られればいい方。ここは静かだし、ひと気もない。ゆっくり眠れそうだ。暖かくさえあればな。」
 はじめはまあまあ暖かく感じたが、しだいに背中がスースーしてくる。まるで桟の上に寝てるみたい。シュラフの背中部分のダウンがつぶれるのは惜しいがどうしようもない。歯を咬み合わせてじっと耐えるが、消灯して一時間半後には、もう寒さで体が完全に硬直していた。真暗な駅舎の中、体をコチコチにさせてシュラフに寝袋にくるまっている自分…。眠れる? 眠れるわけがない! 寝返りは打てない。椅子は平面で、背中の人間的な不陸が思い知らされつづける。
 少しでも暖気を出そうと服のファスナーを外そうとするが、体が硬直してまったくできない。「というかこの気温で薄着で初めから入るのは恐ろしいよ」 どうにかファスナーを外し、カイロに触れた。
 夜はどんどん深まり、恐ろしげにもがり笛が鳴っている。すさまじい颪で、私の地元なら「雪起こしの風」と言われているものだった。電気は改札近くのだけが灯っている。その蛍光管の間接光が、埃に汚れた椿温泉の歓迎の看板をぼんやり、照らしている。

 あまりに寂しげに笛が鳴り、硬い葉のいっぱいついた椿の灌木が、激しく揺すられ、騒がしい。どこかで椿の花がぼっとり落ちているのを想像する。椿駅というだけあって、椿を周囲に植えていたのだった。
 首を落とすといわれ、忌避する人は今もいる。もっともこれは野生種の話だろう。或る先生が、好きな花は何か、と聞いたら、あるやんちゃな男子が、おれ椿が好き、と言った。すると先生は、例の話を謂われを引用し、その男子をたいそう脅かしめた。
 その謂われには椿に対する人間の感情的な捉え方がよく表れていそうで、一言でいえば不気味な要素を孕んでいるということだと思えた。

 改札口が山に向かっているので、駅舎の中に風が思いっきり吹きすさびつづける。草木だけでなく、木造舎も、看板も、家も、さらには人間の精神をも、つまりすべてが冬の魔に襲われ、荒廃させられていくようだった。そんななか紀伊半島の常緑樹はある種奇異なものに思われた。
 全身を硬くし、人間が嵐の中、口笛を吹いているような、雪女がいるかのような、ひゅーという音を聞きながら、私は独り椿という花を想う。

 私は椿は変わった意味でけっこう好きな方だろう。柿に似て古い形質を表している植物だなと思う。野生にたまたま人の役に立つ植物があったというような、そんな感じだ。
 
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 太古の昔、ある少女が森の中に山仕事に行った。常緑広葉樹の暗い森だ。少女にとってはこれが森というものだった。人気のない岬の濃い灌木林に入り込み、ふとそこで初めて厚い葉をもちごてごてしている木に、鮮やかな花がついているのを見つける。少女はすごい発見だと思って、花を摘み、いそいで家に戻って、「お母さん、これ見て、森の中の木にこんな花がついてた!」 しかし母は「ああ椿ね。気持ち悪いでしょ。花がぼとぼと落ちるんだよ。いっぱい落ちてたでしょ。まあ油がとれるから役に立つけどね。なんで森の中にあんな花咲く木があるんだろうねぇ。」
 喜んでくれると思ったのにそんな返事で、少女はしょげてしまった。そう言われてみれは、不気味な気がしてきた。「なんであんな暗い森の中で独り木に大きな花を咲かせているんだろ、なんで森に入った私を喜ばせるために咲いていたんだろか。」 しかし少女はやはり神からの贈り物だと思った。暗い森で仕事する少女を少しでも楽しませてくれる…。  しかし不気味な森で少女は椿の花をいだいたまま殺されているのを後日見つけられる。

 ─

 南海道におけるヤブツバキは、岬に行く尾根の山の中で見られのが印象的だ。それは暖流で穏やかな気候であるのを冬に表す格好の植物だろう。いっぽう冬の厳しい風のなかでがさがさ鳴って、花をぼとりぼとり落とす、なんとも言えない不気味でありながら青空と冬のやわい光による日陰のひっそりとした悲しさ宿す花木だ。

 そうこう集中して考えているうちに、かすかに温かくなって、椿のことは忘れ、半眠り状態になっていたところ、いきなり体が真っ逆さまに地面に堕ち、頭をもろに打った。こんな真暗な駅舎で深夜、寝台から落ちるなんて気持ちが悪く、私は寝ぼけた頭で「こういうときはきちんと上がってこうする。こうしたら寝られる。」実際にシュラフに入った体をなんとか椅子に上に載せ、「ほらこうしたら寝られる。うむ。」 そうして何気なさを装って、再び寝んとした。この話を知人にしたら後日大笑いされた。
 シュラフは滑りやすく、体を縦にして寝返りしていたので、寝入り込んで力が抜けたときに落っこちたのだろう。それで、
 「寝てたってことやんな。寝られる寝られる。」

 しかしその後は先ほどまでには眠れなかった。やはり背中の風の通るような冷たさはなくならず、時刻は四時前だった。
 「深夜の駅ってほんとにあるんだな。」
 厳冬期の椿駅の深夜ってどんなかと想像していたのだった。
 信号扱いは別にして、昔なら駅員がランプ灯しごそごそと、旅客扱いのための朝の準備していたかもしれない。それが明朝のとある駅というものだったろうなと、シュラフに入ったまま、硬くシヤッターの閉じた出札を見やりながら想像する。今はただJRのロゴが入ってもおかしくない、天井からの支柱に提げられた硬派な時計が、朝四時半を刻んでいる。

 「それにしても、しだいに明るくなってくるというのはいやもんだな。」
 と、寝返りを打つ。つまんなかった。
 戸のない改札口は、ほんとに青黒い空を覗かせていて、dawnという語感にふさわしかった。
 風もましになってる。冬なのだから、もう少し暗い深く長く夜でもいいのにな。しかし日長を望むとはこういうことだった。夕方だけとはいかない…。

 五時前、おもむろに起き、靴下はいて靴を履くが、冷たくて死にそうだ。入れてあったカイロはかちかちに固まってるので、ごみ箱にどかんと投げ捨てる。スタフバッグにシュラフ押し込むが、背面が濡れている。不感蒸泄というやつだな…。シートを折りたためば、だいたいは終わり。後は身支度を整える。いつも三十分くらいは見ているかな。「あーあ、起きたんだから早く明るくならんかな」。そんな勝手な発言で心を笑わせる。