四国紀行 ─ 冬編

2008年1月

夜の窪川駅にて

夜の窪川駅の2・3番線ホーム 2・3番線ホームにて。向こうが中村・宿毛方面。

暗い単式ホーム 4番線ホーム。予土線の列車が発着するという。

ホームから見た駅舎の壁 2番線から見た駅舎。

  窪川は真っ暗だ。当たり前だ。知ってて来た。真冬で19時を回っていて、とくに何も景色は見えず、ホームの直線の明かりが浮かんでいるだけである。ただ土佐くろしお鉄道の駅舎は見えて、本当にJRと合わせて2つの駅舎があるんだなと思った。昔の穴水もそうなっていたっけ。
  跨線橋を渡ってお手洗いを借り、そのあと近くにあった改札を覗いたが、やはり暖房付き待合室はない。まあこんなものか…。もう改札は出なかった。真っ暗なのに少し飽きてしまってもいたようだ。頬をさんざん寒風になでられながら、ホームの待合室に入り、戸をびしりと閉める。中もきんきんに冷えていて、椅子にお尻もつけそうにない。こんな時間この駅で待つのは自分くらいだろうと思っていたが、紙袋を提げた30代後半と、それより年取った男が2人して駅時刻表を見ながら、あと何分もあると話していて、この駅でしばらく待つようだ、それでちょっと安心した。折り返すようではなかったから、たぶん下り南風に乗るのだろうと思い、自分の列車を確認するついでに駅時刻表を見てみると、それは19時49分発で、今から46分後だった。文句も出るだろう…。ちなみに自分が今度向かう高知方面の列車には、普通安芸行きが57分後にあった。20時ちょうど発だ。でもふと最終列車に目を留めてしまう。それは安芸行きの次にある列車で、21時03分発の高知行き。これに、乗ってやろうか。闇夜を最後に通過する列車の想像による、ささやきだった。
  2人がホームの販売機で飲み物を買っている。つられて何か飲みたくなって仕方なくなり、販売機の前に立ったが、買ったのが、冷たいコーラ。とにかく甘いものに飢えていたようで、2,3秒ためらっただけでボタンを押していた。待合室に座って飲む。あの二人は端のほうに座っていた。狭い空間で先客が居るからと遠慮して外に出るようなことはさすがに誰もしないだろう。とても寒い。コーラを飲むと体の底まで冷え切った。しかし甘くておいしい。足を床につけている。靴底から冷感がじんじんと迫る。自然に体を動かしたいという意思の一環で、立って窓から駅舎のほうを見ると、駅員と目が合い、じっとこっちを見つめている気がした。こんなところで待つのを怪しんでいるのだろうか。でもほら、特急待ちのお客さんだって居るよ。そうして自分は弁解がましい表情をしていたのだろう。 その後も足を伸ばそうとたびたび立ち上がったが、そのたびに目が合った気がして、さすがにそれは錯覚と思いたく、強く瞬きしたりした。

  足をさすったりして40分ほどなんとか耐えたころ、紙袋を提げたあの2人が予想通り下り南風に乗り、駅から消えていった。ついに1人か…。駅舎内に誰か居ないかと待合室内の窓から見下ろすと、今度はほぼ駅員と目が合った。駅員もいったいどの列車に乗るんだと思っているかもしれない。
  もう服が外気温並みに冷たくなり、体温も一定になってきたようで、寒さになれた。いっそう我慢を欲したかのように、結局安芸行きを見送る。最終列車に乗ろう。ばかだ。むやみにすべての運行時間を使い果たしたいようだった。不安げな駅員もいないようなので、思い切って外に出た。しばらくすると南風を案内する自動放送が闇夜にこだました。
  別の構内放送後、向かいのホームに今朝伊野で見かけたアイランド・エクスプレスが入ってきた。まあ、何しにきたんだろう。もちろんお客は乗ってない。ホームの端にどこからともなく現れた20代後半の男2人組がいて、大きなカメラで列車を撮りながら表情も変えずぼそぼそしゃべっていた。今夜から旅行だろうか。これから高知に行くという、同じ行程になるかもしれないなと思った。
  発車時刻までのさらに1時間、発車時刻までなんとか、と耐えていると、発車時刻の数分前に運転士がやってきて停車中の列車を開放した。やった、これで中に入れる。ドアを全開にして空調の音を響かせているのだが、これでは少しも暖まらない。しかしそんなことはどうでもいいのだと後でわかった。

最終高知行き。

2・3番線ホームを須崎・高知方面に見て。

駅舎と2番線。

改札口前から見た最終高知行き。

  早々と蛍光灯の煌々とついた列車の中に入り、山側の緑色のロングシートに着席した。暖まった車内を思い描いていたのに、こんな目に遭うとはとがっかりしながら手袋をはずして足をさする。とにかくドアの閉まるまでだ、と我慢していると、ちらほらと人を乗せた最終列車はようやっと出発。とにかくこれであとは高知まで運ばれるだけだ。72.1キロ、1時間49分もあるけれども…。
  深夜間近、土佐のはずれから土讃線を、賑やかな高知夢見て走る。ところが待てど暮らせど、車内が暖まらない。座席の下でヒーターの音がしているから入っているはずなのに。いっそう音高き場所へと、同じロングシートのさらに横へと移動したが、何ら効果がなかった。影野の山も越えて、安和に着く。わかってはいながらもここぞと車窓から覗くと明かりひとつない真っ黒な空間だった。それを見ると気がすんで、列車は長々と須崎、大間、多ノ郷、吾桑と停まっては発車する。きょうの昼間に楽しい思い出を作ったはずの駅はどれも真っ黒に塗られていて、信じられない気持ちもありもした。1時間が過ぎ、西佐川の山を越えて高知市への道がついたと思えるころ、寒さに我慢しきれず、ヒーターの効いてそうなボックスシートに移動したが、まったく効いていなかった。そしてやっとこの列車は暖房が効いていないとわかる。サービスの面もしばしば拡充されうる鉄道による運賃輸送なのに駅待合室にも列車にも暖房が入っていないなんてJR四国はやっぱりお金がないのかなと、ひさびさに鉄道の旅の気持ちを離れ、一般の人のごとく呪いながら冷たい黒い窓に顔を寄せたりした。
  今はどこかと意識すると、そこは朝倉という駅だった。この駅前にも夜通しの営業店があり、始発までの利用を考えられたが、高知駅の始発に乗りたかったので、この場所は緊急のときのために記憶しているにとどめておくにしておいたところだった。ところで見回すと客はそんなに少ないわけでもなく、思いのほか乗っている。市街に近づいて人が増えたのだろう。旭を過ぎ、円行寺口、入明などの簡単な駅に近づくと、高知ももう間近で、もうすぐ立ち上がらないとだめなのか…と、頭の重さと落ち着けなさを感じた。

次のページ : 深夜の高知駅