旭川駅

(函館本線・あさひかわ) 2010年9月

駅前へ

駅を出て。
 
旭川駅駅舎その1.
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ターミナルホテル内から見た旭川駅。
エスタに少々お邪魔して。駅ビル飲食店街の延長という感じだった。
軒下の風景。少し今風に変えてある。
 
 
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この鉢植え展示はなんなやろと。 左手のフェンスはイベントが開かれるのことで、その準備だった。
 
ここからドアtoドアで行けるのも楽しいだろうな。
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なんだか殺風景なところもある。
 
 
大きなポストが大きな街にやってきたことを思わせてくれる。
 
富山駅やん。
あまり氷雪の街という感じもないが、空やビルが少し冷たい。
 
 
 
 
 
 
 
 
メインストリートに戻って。
旧富山駅やーと思った。
 
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いくら晴れてても空の色が富山とは違う。
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北海道人の花のセンスはかなりのもの。
 
胸ときめく大横断歩道へ。 しかし地下道にしないとは珍しい。
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買物公園。
買物公園は駐輪所ともなっており、確かに回遊性は期待できる。
丸井今井、西武百貨店などが並ぶ、道内2番手の都市。 (現在は一部閉店)
 
 
マルカツデパート。
別の通り。都市としての濃度は高め。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
至駅。
 
 
 
 
 
ホテルパコ旭川。天然温泉大浴場が健康ランドを思い出させる。
自転車のせいか少し庶民的にみえる西武の入口。
 
 
友人と歩くは良さそうな通りだった。
雪国には必須の連絡通路。
このブルーの押し手が西武。
 
 
 
こんなところを夏に歩くのは楽しいだろうな。
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北彩都と書かれたモニュメント。
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この埠頭感が好き。
 
道内の民法ではおなじみのHBC旭川放送局。HTBには後塵を拝す?
大学のような北彩都病院の建物。
こんな感じのビルも富山駅の西側にあった。
駅前整備前ですね。
裏打ち駅舎。
 
少し本流から外れて。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
貨物関係だろうか、石畳が残る。
 
 
 
 
 
 
 
昭和後期から平成初期の混合風景。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 90年代風の「シティ」な旭川ターミナルホテルの入口から父さんを先頭にした家族連れが出てくるのを横目に外に出ると、私は一瞬言葉を失う。「こ、これは…」 富山駅そっくりではないか! あのエスタ沿いの谷の階段と暖色系の煉瓦を詰めた感じ…。そこから見える街並みもなんとなし似ていて、正直、ぜんぜん旭川に来た感じがせず一人でずっと苦笑い。たぶん設計が同じなのだろう。しかしロータリーは昔の柵が立ち並び(昔そこにはタクシーの運ちゃんが腰かけて煙草を吸っていたような…)、舗装も古くて、やはり私はかつての民衆駅のことを思い出していた。こんなところは車やバスが危ないし、怖い人がいそうだと、幼心にろくに見もせず、足早に駅前を去ったものだ。そのときのそのまま、いま、そこにあった。

 旭川駅のあの三角のオブジェは雪の表象で、夏であっても、それは北國の盆地の暑さであると規定する。ついでに、私は富山のこともそれを直視することで忘れる。富山とはけた違いに遠い、旭川。今自分はそんなとこにいるんや、と思うと、それたけでしんどくなった。旅行ははて何日目だろうか。

 私は定められたように、西武などの建物の見える大通りに向かう、が、ここでも私は驚き呆れてしまった。なんと煉瓦を敷き詰め、すべてが歩行者天国として設計され、人々が行き交っている。私は歩きながら、誰がこんな英断を下せたのだろうか、と。この発想はなかった。あったとしてもそれを実現したというところに、感銘を受けた。動物園といい、旭川にはよほどの賢者でもいるかしら、と感心しつつ通りを歩く。陽が出るとものすごく暑くて、旭川は、ほんとうに真夏であった。

 きわめて名残惜しいけど、今日夕刻までに小樽まで出る予定はどうしてもずらせないため、何度も腕時計を確認しては、振り切るようにして私は駅へと向かった。可能ならいくらでも伸ばしただろう。
 特急に身を納めると少し安心した。世界諸都市との出逢いというものは、こんなものかもしれないと思えた。




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