EUC-JP to UTF-8 加古川線・市場駅

市場駅

(加古川線・いちば) 2007年5月

  厄神駅からしばし運ばれて隣の市場駅へ向かおう。途中列車は川を渡った。しかし対岸を結ぶための積極的な渡河ではないらしくて、渡った後列車は川沿いに長らく走っていた。終始街めいたものもあたりになかった。

  自動の女声の案内で、まもなく、いちば、いちばです、と流れる。この列車も新しいめだし、窓から窺っている駅も木材多用の小さく新しいものなので、少しも気負わせるものがなかった。こういう路線は静かな気持ちで乗っていられそうだ。いろんなことを考えながら下車してみたくなる。

  何人かの子供らと一緒に降り立つ。ワンマンなので車内で改札を終えた後、「ドアの横のボタン」を押して降りたのだが、そのときは駅舎の明るい木の色と外の空気が顔に心地よかった。
  降りた人たちは駅は素通りして何の企みもなく古い住宅地に吸収される。お昼の終わりごろだったが、人の増えてきそうなそわそわする雰囲気もなく、良かった。

下りホーム。

隣の上りホーム。裏手。

方面案内つきの縦型駅名標。

駅舎とホームの間の様子。

駅舎内の様子。駅構内方。

券売機とコミュニティホールの間口。

そのコミュニティホールの様子。張り込んだ造りだ。

駅舎内から駅前を見て。

外から見た駅舎内。左手はトイレで、これもまた最新のものだった。

  ここは無人駅として改築したから、扉のない外と繋がっている駅舎の中が広くされていて、有人として設計された古い駅舎にあるような窮屈さがなかった。木の壁も新しいし、サイロ型の変わった待合室も目を引き、今に合うように造り変えられたものはやはりさすがだなと思う。心地いい。

  さっきから駅舎周辺では蛍光黄色の羽織った老年の人々らが大きな声で闊達にしゃべりながら帰宅小学生らに、お帰り、と声をかけていた。下校が引けたと見えると、その蛍光黄色の老爺、老婆らは先のサイロ型の待合室に籠り、明るく世間話をしはじめた。
  やはりこんなところでも最近は物騒なのかな。しかしふと思い出す。隣の加古川で小学生の亡くなる未解決事件があったのだった。それでだ。
  あれだけ蛍光黄色が群がって声大きくして見届けているのは、さすがに頼りになりそうだわ。人海戦術だ。

  集落は特に駅を意識していない、というような駅前になっていて、古来からの住宅地のさなかだった。それにしては駅舎が木をふんだんに使って大きく造られていて、しかも裏にもこれとまったく同じものが造ってあったから、「これはかなりお金をかけたな…」。駅には結構予算が使えたのだろうか、集会場ぐらいにと思い切ったのだろうか、などといろいろ考えてしまった。ちなみに券売機も表、裏ともに置かれていて、これは新しいこういう種の駅においては、相当な張り込みようだと言える。そして元はなかった交換設備(信号、分岐機、ホームなど)も付けたというから、かっちりした正統な駅に出世したものだ。
  そういうわけで駅前はあまりよその人がいそうなところではなかったが、意外にも温泉の案内が出ている。その場では地元の人だけのもの、と察したが、そうではなく、実は新しく大きい施設だった。ここからコミュニティバスも出ている。泊りがけの列車旅の際はよく駅から入浴施設に行くので、こういうのができるとうれしい。

なんとガラスの表示板。都会風…。

思わず発注者、施工者を確認。

駅前の様子。

市場駅駅舎。ぶらりきびたという名前が付けられていた。 ここは黍田というところで、市場というのは加古川対岸。

 

黍田の集落。

駅舎の脇には別にこんな入口もあった。 バリアフリー用ではなく、跨線橋が無人改札口を経ず自由通路として使えることを意味しているもの。スロープはホームと駅舎内との間にもあった。

その入口から見た隣のホーム。

跨線橋にて。西脇市、谷川方。

 

加古川方。特に何もなかった。

裏手のお手本のようなロータリー? 向こうの施設は下水道処理場。

少し山の迫った駅だった。

上りホームにて。

上りホームから見た表口の駅舎。

灰皿に見えるんだが。

加古川線はこの緑色が採用されている。 しかし交換駅で退避もないのになのに矢印が両方に入っている。

ホーム待合。

上りホームにて加古川方。

こうして裏にも同じものがあるのだった。

上りホームの出札。こちらにも券売機が設置されていて便利。

三ノ宮950円、大阪1450円。近いと感じるから、高く思える。 実際には遠いのだろう。

120円の切符で降りる人がいますが間違ったご乗車の方法です、とのこと。 こういうことをはっきり書くのも神戸支社らしいと思った。

裏の駅舎内にて。

  裏手の駅舎は中もほとんど同じものだが、待合室の内部だけは違っていて、机も椅子もない。新聞記事が貼りつけてあり、椅子などが損壊にあったのだという。それを読んでいると、裏にもいた先の老爺の一人が、どうかしました?、と訊いてきた。このことについて訊ねたりするのはいやらしいので、ここは駅がきれいですね、と、初めの印象を語ってごまかすと、その人、「駅は、どこも、きれいなもんよ。少し向こうの青野ケ原なんて、もっと…いい。」と、硬い顔のまま世辞は受け取らない。しかし私が隠したのを見透かさせたようなものでもあった。けれどもその人も無愛想過ぎたと思ったのか、「ここはほんまはふつうの待合室とちごて、コミュニティルームいうて、あ、それはまあ向こうのことやけど、ふつうのとはちがうんやわ」と、だから入るな、という意味かとも取れたが、とりあえず説明することで和らげて、その人は駅裏の下校生を見送りに外へ出て行った。どこもきれいよ、というのは、うちの駅はたいしたことない、と譲ったのだろう。しかし荒廃しきった駅というものがほかにあるのを知ってしまっている今、ここの駅はかなり良いものだった。およそ破壊しようとは思わせないようなきちんと整備された人の目の行き届きそうな駅だけに、かなりの不満や怨みがあったのだと窺われた。きれいに纏った公共物でも、税政に関して誰かに不満や怨みがあるのも体現しなければならないとすると、駅の運命というのもまた過酷である。

 

こちらにもトイレ設置。

こっちはコミュニティホールではなく休憩室となっていた。

 

 

こっちもエアコン付き。この休憩室は午前7時から午後7時までとのこと。

駅裏の風景。

  裏手の駅舎やロータリーはやり直したのではなく、新設したという趣き。広大な施設が寝そべっているが、後で調べると下水道施設だそうだ。いずれも元からあったものではなさそうで、何らかの跡地なのだろう。駅前の花壇にはいろんな花が咲き、木々も適切に植えられ、市場駅は新しいものが気持ちよい、と言えるところだった。

 

小野市観光マップ。

 

裏地の駅舎。

横から見たロータリー。

駅舎その2.

 

  表の駅舎で何となし待っていると、ランドセルを背負った私服の女子小学生らがやって来た。電車で登下校しているらしく、都市が近い地域だけに、私はそれを珍しがった。慣れ切っている感じで、構造のおもしろい駅のスロープや階段で遊ぼうともしない。夕方が近くなり、やや肌寒くなる初夏特有のそこはかとなくもの寂しい時間帯だったが、新緑や花々だけがそれを救っていた。そこに中年女性がしゃべりながら群れてやって来て、駅舎内ががやがやとしはじめる。そのうちの一人が小学生に向かって「ねえ、西脇はこっちでええの?」。女子小学生は無言で頷いただけだった。「あの子らのほうがよう知っとるさけ。いつも利用しとるから。」「まあしっかりしたもんやな、小学生やのに。」「うちらなんてどっちがどっちかわかれへんわ、あはは…。」「あっちのホームに加古川方面て出てるやろ? あれはこっちに向けて、こっちのことを書いてんのかと思うわ。」「ああほんまやな。」

  そこまで気を回す人がいるんだと思った。確かにそう取りたくなる人がいそうなぐらい、方面案内板が大きかった。向こうのホームに行かないと見にくいような小ささならば、このような誤解はなかっただろう。そんな配慮も必要だとは意外である。いろんな人がいるものだ…。

  満員の列車が入って来た。開いた前のドアからも人々の詰まっているのが窺える。そこから、一人ずつぽつぽつ降りてきた。我々は後ろのドアから乗り、降りた分以上にさらに列車を人で充填する。そろそろ込んで来たし、夕暮だ。あとひと駅ぐらいなら降りれるかな。そこでゆっくりしよう。

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