EUC-JP to UTF-8 日豊本線・上臼杵駅

上臼杵駅

(日豊本線・かみうすき) 2008年3月

大分から乗って

  未明に大分駅から乗った 下り始発 佐伯行きは、せっかくこれから賑わおうとする都市大分をずんずん離れ、辺鄙なところへとまばらな客を連れ去っていった。朝とても早い、ロングシートの車内では、客がぽつりぽつり座り、誰もが疲れたようにうつむいている。

  風景は見えない。まだ青暗い。私も、あんなところで一夜過ごして疲れと寝不足が祟るだろう、そうだろう、と自分を誘惑して、寝入りはじめた。途中高校生らがたくさん乗ってきて、少し姿勢を直す。この時間に乗るということは学校が遠いのだろう。ほとんどの学生が鞄を床に置いて座ったとたん、目を閉じた。

  はぁ この列車はどこへ向かうのでしょう。行ってもみな、最悪でもみな、佐伯まででしょう。あれより先は、普通列車ではほとんど行けないところになっているから。そうしてあることで、私の落ち伸びるのを食い止めるんだろうか。

  足元にうすら寒さを感じつつも、私は眠りを厚かましくも貪っていたようだった。けっこうな山を抜けて、熊崎というところに着く。山を抜けちゃった。降りる駅までもうすぐになってしまった。落ち着かないのはそれだけでなく、平けたところに出たからというのもあった。そしてそういう山を抜けたこのところにも、こうして街があるのだった。今まさに起き出したばかりというような街が…。

  臼杵市。大分の市街を抜け、佐賀関半島の根元を抜けたところにある港町である。その一つ手前の、上臼杵駅という駅に降りる。大分から約40分だった。

  血圧を上げつつドアの前に高校生らと一緒に並ぶ。私の朝よ! ついにホームへ一歩足を前に出した。そしたら空気がぴいん、と冷たい。しかもホームがとどまっていられないくらい一本の高台のようで、降りた高校生らと一緒に、幅広い階段を一気に転げ落ちるしかなかった。そしてその先に控えているのは、びしっと真っ直ぐに立った駅員、おはようございます、と大きな声をかけながら、改札をしはじめた。その高校生らの階段を下りて改札を抜ける颯爽とした感じは、この薄曇りの冷たい朝の中で年若さの元気の塊のようで、私もそれに混じってばたばた改札になだれ込んだ。その途中、「今日から上臼杵に赴任してきました新人です」、と心の中で叫んだ。後ろの女子高生は駅員のそのあいさつに負けじと、おはようございます、と薄氷を割るように高く響かせ、姿が見えなくなった。彼女はもう駅舎の中なんかすっ通り抜けて駅前に散り散りになった同校生に紛れていた。駅を出て広いところに出た彼らは、とたん速度が緩やかになって、三々五々群れていたのだった。

  私は一人、場違いだった。こんな爽やかで清冽な空気を汚しに、そして何でもないものを貴重がらせて疎まれに、やって来た。でも私とて、あんなふうに走り、爽やかに過ごしたころがあったはずだ。山の公園を見ても恥ずかしがらずに駆け上がる子供のような、爽やかに声掛けられた朝の通学をしたようなころが…。

  ゆっくり駅を出て、とりあえず邪魔にならないよう駅前におり、それから駅へと戻った。駅はすっかりがらがら。こういう時刻、駅というのは、降りた人はさっと散り、乗る人は直前に来る。とくにこんな純木造駅舎のある駅では、一人の駅員が名誉を掛けて集改札しているような駅では。

 

  ホームからは店のある国道の活発さが見て取れた。しかしこのあたりからはそちらに回りにくくて、昔型の駅なのだと詠嘆された。ホームの植え込みはどれも相当丁寧に手入れされていて、凋落などとは一切言わせない、しっかりした管理の空気が支配している。敬意や名誉という言葉が思い浮かんだ。田舎気質といえばそうらしかったが、爛れたのよりはずっとよいものだった。

臼杵・佐伯方面。

大分方。国道沿いの広告塔だけがいくつか見えた。

垣根から覗いた駅前。

駅舎へのスロープで入口前。 というわけで早くからバリアフリー対応らしかった。

日本庭園?

古い名所案内板。磨崖仏や鍾乳洞が案内されていて辺境が窺える。

図案はおそらくこの近くの龍源寺の三重塔。

 

ホームからの一風景。

大分方に見た国道の様子。

臼杵方面端にて。あの踏切で国道側に出るようだ。

やはり少し怖い。

このタイプの駅名標・名所案内板もあった。イラストは臼杵磨崖仏なのだろう。

芝でできた「JR上臼杵駅」。たいしたものだと思った。

ホームを大分方に望む。

古めかしい要素散在する駅だったが、こういう新しいお役立ち施設もあった。

 

 

転げ落ちる。

圧倒的なたたずまい。

改札口。運賃箱は営業時間外に使うもの。

改札右手にもこんな庭があった。

 

駅舎がなくなってしまうと見かけはこういう階段だけになってしまうのだろう。

階段をよっこいせと上がるときの風景。あの塔は私、ボーリング場だと思ったのだが、 パチンコ屋だった。

ほとんど完璧な様相を見せる上臼杵駅。

軒下全景。

非サッシの窓がとてもきれいに使われていた。

  駅舎の中もすっかり濃い木の色が立ち込めていて、そんな中に場違いに青赤の椅子がならべてあるのが色映えしていて強烈に九州くさかった。窓のガラスは薄く、サッシすら入れず木枠を残している。そして自動販売機が外ではなく中に置かれ木の色に合わせてあるのを見てやっと、ここは保存するよう努力しているところなんだと気づいた。

待合室。

赤色が重厚な木造建築に映えて美しい。

 

寝そべれないようになっている…。

床の状態。かなり傷んでいるが、これはよさの一つとなっている。

斜めに出っ張ったタイプではなく、平面のままの出札口。

駅前の様子。

 

  そういうわけで建物の外観は第一級の木造建築の駅といわれていそうなもので、きちっと張った瓦屋根、華奢で大事にされなければ割れてしまうような薄いがガラス入った木格子のある駅だった。保存がよく驚嘆した。人の水準の高くないと、こうもいかない。
  しかしカイヅカイブキはねじれてよじれて、伐折羅大将の頭みたいに緑の炎があちらこちらに立ち昇っている。静かで美しいものの中に、激しいものが表されているかのようだった。
  しかしこんな立派な駅舎を見て思ったのだが、ホームが一本で、かつ階段の上という駅には、ちょっともったいないぐらいだった。あの駅舎をくぐった先には、もう少し広い構内がどんと居座っていると思える。

振り向いたときは驚いた。

 

けっこう薄いプラ板だった。

 

 

 

この方法は無理がありそうだった。

太くはないが逞しく勢いがあった。

上臼杵駅駅舎。

 

トイレ。新設のようだ。

臼津交通、大野交通の上臼杵駅のバス停。

駅横の駐車場。フェンスの前はバス転回場につき駐車禁止とのことだった。

駐車場から見た臼津バイパス。

 

 

こうして駅の向かいにもカイヅカイブキが植わっていた。

駅舎その2.

右手あたりに駅員の生活スペースが感じられる。 今は宿直などはない。

駅前には少し傾いた木造の廃商店がある。

全体にあちら側の向こうは丘陵地らしく、住宅が展開していた。

駐輪場。駅前付近ではあの2件の欧風家屋が異彩を放ち切っていた。

  駅前は市街地の端の趣き宿る広場で、団地や戸建や、街がかすったような遠景があった。女子学生が一人、駅前通りの自動販売機の横に、自転車に座ったまま停まった。もたもた手袋をはずし、おっとり硬貨を出す。冷たくなった手でようやく硬貨を入れた。なのに今度は、なかなかボタンを押さない。どれにしようかのんびり選んでいる。ようやっと手にしたのは、ホットレモンのような飲み物だった。それをかごに入れ、またもたもた手袋をして…。学校も家も、うまくいっているのが想像された。

  落ち伸びたわけでも、左遷でもなかった。ここにはここの街が、朝が、あったではないか。今ごろ大分も盛んに人が行き交っているのだろう。しかしここにも、人を活気づかせる朝が来ている。
  臼杵が、この日の私の朝だ。大分ばかりではなく、ここにも私の家を求め、ここから始まると思え、ここに住まったのが想像できて、そうして臼杵を讃えた。

駅前通りを歩いて。何気ない。

丘陵地の終わり方。

上臼杵駅付近の風景。(道路より熊崎側を)。

左:小河内川。河川改修の真っ最中。 右:駅前通りの先。

この辺は市営団地がよく目立っていた。

駅方向。

青果市場があった。

駅へ。

 

 

かつてはこちらも商店を営んでいたのだろう。

 

ホームは堰堤上にあるため、緑の斜面やつつじの植え込みなどが駅前広場と親しい関係にあった。

  この駅はここの誇りとなっているだろうか。これほど珍しくも立派な駅を改めて眺めることもなく、人々は出入りする。どうでもいいものでありそうで、どうでもよくないような…薄曇りでいかにもといったここのいつもを、しかもこの街だけのものといえるような私的な朝を、訪れたにもかかわらず、とても爽やかな空気感じる今、重厚な駅舎や緑の炎は、なんだか取ってつけたようだった。

  冷気を胸に吸いこみ、手袋の手で口元や頬を触りつつ、駅名の掛かっている車寄せを見上げ旅立ちするように、駅舎の中に入った。ホームにあがり、列車を待つ。

  何だか旅という感じが、再びしてきたものだな。人の街に朝っぱらから土足で入って、けれども爪弾きにされないようなのは、自然と感謝のできることだった。
  いつしか国道は忘れていて、ホームは静かだった。雲が覆っているのに何でこんなのに気温が下がっているのだろうかと不思議がった。しかし小鳥がしきりに囀りわたっている。その声響く稠密な冷たい空気が、ホームにつーんとのしかかっているのは、冬ではなかった。

  電車は曲がったホームにすっと入ってきた。地元の人たちと一緒に乗る。ここから上りに乗るということは、あらかた大分で降りるのだろう。この先は先ほども申したように、佐賀関半島の根元を越える山越えが続くから。
  こうして再び元気を取り戻した私の、九州3日目の旅が始まった。

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