紀伊宮原駅

(紀勢本線・きいみやはら) 2010年2月

夜の紀伊宮原駅

 
 
 
 
椅子はみなこの形状。
紀伊宮原駅駅舎。
 
 
 

 夜半の紀の国ではどう過ごせるだろうかと、宮原という駅で降りた。とにかくここら辺の事情を、と神経を張り巡らせて、列車のドア口からホームを歩き、跨線橋を渡る。着いた列車はオレンジの光をこぼしながら、白い剛性の車体を鰻のように寝かせている。やがてホイッスルが吹かれ、扉を閉じ、生へ生還する戸口は、閉じられた。あの列車に乗り続けていれば助かったのに、そんなことを思う。列車は電気的な音を高めつつ滑っていく。白い221系らしいところだ。吹き晒しの跨線橋で風に吹かれた。小さな白の木造舎が、椰子の木とともに朴訥に詠いつづけた南国の歌をいまは休めている。
 そんな駅でもう22時なのに、跨線橋から見下ろせる駅前は、駅舎に隠れて何か躍動を感じる。
 「やっぱり近郊か。」
 やはり駅は和歌山支社特有の、白塗りで、青の抜きのプレート文字で駅名を表し、夏への想い託す椰子の木を抱えている。おまけに赤いポストもあった。
 「いいね。こういう紋切り型っていうのは。これは日本の紋切り型であり、南国紀伊のそれだ。」
 一人かなり怪しい奴がいた。
 「やはりそうか。ま、私とてかなり怪しいけどな。でも旅人さ! 旅人というのは不審なものさ!」
 躍動というのはタクシーだった。あまりに寒いのでエアコン付けたまま客待ちしているのだ。海辺というのは何かと風がつくもの。夜で吹き下りだな。
 駅前はたばこの自販機とタクシーのライトくらいしか灯りがない。真冬で、何か寂しい見知らぬ町だった。こんなところを自分が歩いていること自体、ふと考え直すと、異様だとも思える。
 「恋さ。熱い思いだ。そう、こういう旅行では、自分をちゃんと持っていないといけない。」
 その熱い思いが、自分を支えてくれるのだった。

 椅子は一人掛けのものが置いてあるだけである。また近郊の風は微かにあり、タクシーで落ち着かないことからここをすぐに立ち去った。
 
 再び来たのはやはり221だった。
 「こればかりか。それにしても南紀の通勤客に気を使っているんだな。」
 もとい、使い道を探したその結果なのかもしれないけど。
 「とにかく、御坊を抜けよう。」
 この列車は最終の紀伊田辺行きだった。これを逃したら御坊より先にはいけないのだった。
 さっき乗ったのと同じ車両だが、時刻は一段分、深まっている。車内もよりいっそう静かで、少々不気味さを感じるほどだった。こんな時刻乗っているのは阪堺に於いて一所懸命働いた人だろう。もう一本前のなら、早く帰りついて家で休めるのに、と思っている人がいるというのに、私は一本遅らせたり、途中で降りたりして晩い晩い列車を選ばんとしている。私のような者には好都合なのだった。こういう闇夜に塗りたくられる列車が。
 「ほかはといえば…」
 所用で久しぶりに大阪に出た人や、もしくは………私のような者か、まあ夜釣りの人だろうな。そんな人が別の遠い車両のどこかに座っているかもしれない、そう紀の国の小さな夜の駅を窓から見ながら思う。

 御坊に着いた。すでに駅は眠りについている。さほど客は降りなかった。
 御坊にあいた扉が閉じる。緊張した。ここからは夜道がどんどん細くなっていく、そんな心境だ。だからきっと紀伊田辺に着いたらほっとするだろう。そのときの車掌のご乗車お疲れさまでしたの労いも身に染み入るだろう。阪南での疲れを、故郷は癒してくれるに違いない。
 
 しかし私は平均台を渡るような緊張を持続させずに済んだ。御坊の次の駅、道成寺で降りるからだった。


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