名手駅

(和歌山線・なて)

  妙寺駅を出て、和歌山方面の列車に乗った。 和歌山まではあと33kmぐらいで、まだいくつも駅がある。 妙寺からそう遠くないところで、またひと駅降りたい。時刻はまだ14時だ。 西笠田に近づくころ、列車は紀ノ川を見下ろすように走った。 とても眺めがいい。いつしか列車は西笠田を発車、 とにかく次の名手駅で降りようと思った。 しかし名手駅に着く前、いちばん前のドアからお降りください、という放送があり、 首をかしげた。名手駅は有人駅のはずだったからだ。 真昼の有人駅に停車するときにも車内で改札をしなければならない… このことは和歌山線に下された現実と深く係わっていた。
  紀ノ川の流れにはっとさせられ、西笠田の次の名手駅に降り立ったが、 もちろん紀ノ川はもう遠くになっていた。 しかし、車窓の時間を止めて、和歌山のとある街にまた降り立つことができたというだけでも 十分だった。ここ旧那賀町もまた、紀ノ川と大和街道に沿ってできた町のひとつで、 そんな街によく似合う白塗りの木造駅舎が、この町の鉄路の玄関口になっている。 和歌山線はこんなふうな町をいくつも駅でつないで走っているため、 白塗りの木造駅舎と和歌山のとある小さな街にいくらでも出会えて、楽しい。

  ホームに降り立ったとき、なんとなく私鉄の雰囲気を感じた。 似合わない唐突な感じの電化、ピンクや白で塗り直された壁やベンチ、 どこかMSらしいフォントを使った貼り付けタイプの駅名表示板…。 構内に汽車や国鉄の重々しさはなく、 どちらかというと明るく親しみやすい雰囲気であった。

薄くV字になった上屋のある1番線を見て。上屋は駅舎の長さ分しかないため、ホームの残りの部分には屋根がない。 2番線から駅舎のある1番線を眺めて。

ピンクに塗られた木製の長椅子が作りつけられた開放式の待合所。背もたれはコンクリートブロックの壁でいろんな種類のポスターが貼られている。 2番線の待合所。

左手に待合所、奥に無蓋跨線橋。 2番線から、粉河・和歌山方面を望む。 1番線のホームの下の方にはレンガ積みが残る。

駅舎の間口。古臭い柵で小さなブースが作られている。 2番線から見た改札口。

左右に両ホームの上屋を見て。2番線の上屋は待合所の屋根そのもの。 1番線から駅構内を妙寺・橋本方面に見て。

斜面に複雑な起伏のある幅広い山。 1番線から北山(587m)を望む。 やはり斜面の大部分が開墾され果樹園になっている。

二階建ての古そうなアパート。 1番線粉河寄りから見たアパート。

小さなトイレ ここのトイレも妙寺駅と同様しゃれた雰囲気だった。 入り口のアーチ、網をはめ込んだ窓、薄緑の壁…。

ホームに立つ国鉄型の駅名標。 駅名標。

ホームに立つ名所案内。駅名標と同じサイズ。 名所案内。旧那賀町は華岡青洲の出身地として知られる。

ピンクの長椅子と背もたれの壁、それを覆う屋根が1セットになった2番線待合所を線路内とともに見て。 1番線から2番線待合所を見て。

細い鉄骨の門形架線柱の並ぶホームからの風景。 1番線から妙寺・橋本方面を望む。

1番線上屋下にて。2番線待合所と跨線橋を見る。 改札口前にて。

改札口からホームに出ると2番線の待合所が目の前に来る。 2番線ホームにレンガ積みは残されていない。

白のペンキの剥げて錆びた鉄パイプでできた改札口。3レーンあったようだ。 改札口。

駅舎の中から。シャッターの下りた出札口と改札口。 出札口と改札口。

  有人駅のはずなのに、真昼に出札口が閉められていることに不審感を抱きながら 営業時間を見ると、なんと6時20分から10時10分までとのことだった。 わずか4時間足らずで、これではほとんど無人駅だが、 完全に無人化されることとは一線を画するのだろう。 とにかく今は駅員がいないみたいだし、 気楽にここを楽しもうと思ったのだが、後でどんでん返しがあった。

シャッターの下方の壁に貼って掲示されている営業時間。 出札口の営業時間。

壁を斜めに切って造られた出札口と改札口を駅舎の中の端から見て。出札口の左脇には何も入っていない大きいガラスケースと書き物をする台が置かれている。壁は茶色、天井は白色。 待合スペースから出札口を見て。

ピンクの長椅子、カップ式の飲料自販機、コインロッカー。 出札口から待合スペースを見て。

  駅舎の中は横に奥行きがあってやや広かった。 ピンクに塗られた長椅子とカップの飲料自販機が目立っていて、 コインロッカーもあり、楽しそうな駅だ。 ポスターやパンフレット棚も駅の中を演出している。 そんなふうな駅舎の中は、人がついさっきまでいたような雰囲気で、 また、人がいつ来てもおかしくない雰囲気だったが、誰もいない。 ─ とある街の昼下がりの、空白の時間帯。 生活感を残しながらの、がらんとした雰囲気だった。 ただ、カップ式飲料自販機の冷却音だけが、 しいん冷たい駅舎内を満たしていて、 さらにひんやりと空気を冷やしていた。 駅舎の出口からは低いヤシの木も見えている。 これらは冬に残された、夏の定点。

薄茶色のビル、緑色のビニールの軒を持つ店、ロータリーの自転車。 出入口から見た名手の街。

三角の緑の木、自転車、二階建ての新しい銀行の建物。 駅舎出入口から。

小さな切妻屋根をしつらえた駅舎出入口。 名手駅駅舎正面。

瓦屋根の横長の駅舎。白塗りの木造。 名手駅駅舎。

  駅舎は和歌山線では一般的である、出入口に小さな切妻屋根のある白塗りの木造駅舎。 すぐ前にある垣根の低い大きめのロータリーと合わせて見ると、 一つの町の代表駅であることはすぐに納得できる駅だった。 しかし、ロータリーにはものすごい数の自転車が群がるばかりで、 そこを転回する自動車はこのとき一台もなく、 駅前は騒々しさとまったくの無縁で、過ごしやすかった。

駅舎を左手にしてロータリーを眺める。 ロータリーに群がるおびただしい数の二輪車。 優に100台を上回る。

駅務室出入口に造られた被せるような屋根。 駅務室出入口。以前ここは何に使われていたのだろうか。

アイスの自販機、赤丸ポスト、白色のコンクリートの大きなプランターに植えられた葉牡丹、ゴールドクレスト。 駅舎出入口右脇のようす。冬の風物詩、葉牡丹が植えられていた。

ロータリーと駅舎。 駅舎遠景。

両脇に二階建ての建物の並ぶに車線の通り。自動車は一台も走っていない。 駅舎を右にした通り。

通りにはやはり店が多い。 主に左手に何軒か店が連なる。

薄緑色の壁の薬局、一般的な住宅。 名手駅を冠した薬局。

白色で新築で割と大きな建物の郵便局。駐車場もある。 突き当たりのT字路を右折して。名手郵便局。

古くからの住宅の並ぶ細い道。 郵便局と反対側の通り。

  駅から少し歩いて、再び駅へと戻った。 昼なのに陰の大きい、駅前の静かな通りはきれいに舗装されていて、 停められた自動車から店へとわずかに人の出入があるぐらいだった。 あの自転車の数からして、 朝方にはたくさんの町の人たちが集まるに違いない。 けれども今はヤシの光る、冷たい昼間だった。
  ホームや駅舎内で一人か二人、奈良行きを待っていた。 私の乗るつもりの和歌山行きはこれよりももうしばらく後に来る。 奈良行きが去って、駅舎の中で私は再び、ひとりになった。 長椅子に腰掛けて、静かな町の時間が流れていった。
  突然、駅員がホームから駅舎内に回り込んできた。 一体何が起こったのかと思った。そもそも駅員はどこにいたのだろうか。 その駅員はまったくの無表情で券売機の蓋を開けて集金し、黒いカバンに入れ、 再びホームへ出て、駅務室へ戻っていった。「駅務室にいたんだ…。」 どうも窓口を閉めている時間には駅務室にこもっているらしいのだ。 同じ和歌山線の打田駅でもそうであった。 誰もいないと思っていたから、とても驚いたが、 一騒動終わった駅舎の中に、再び単調な冷却音が響き始めた。
  ペンで書いた小さい落書きのいっぱいある、 ストロベリーのベンチにまた腰掛けた。 少し歩いたから、メロンソーダの、 きつく香り付けされた香料が気持ちよく鼻に残った。 カップに入ったメロンソーダとピンクの長椅子。

次に訪れた駅: 船戸駅

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