EUC-JP to UTF-8 北陸本線・親不知駅 ― 夜の親不知駅

親不知駅

(北陸本線・おやしらず) 2008年8月

夜の親不知駅へ

  黒部駅のホームで約30分、待った。日本海からの夜風を感じつつ、今、富山東部に居ることを実感しようとしていると、時間は早く過ぎて行った。

  直江津行に乗った。夜の早い北陸にあって、21時にもかかわらず、座席は少々混みあっていて意外だった。しかし立ち客などはない。背広姿の人が多く座っている。入善や泊などで降りて行った。泊の改札を覗くと、すでに営業を終えていた。
  泊を出るともう人家が極端に減るのだが、客はそれほど減らなかった。糸魚川まででは富山への越境利用は珍しくないのだろうかと考えたりした。

  真っ黒なトンネルを轟音を立てて走りつつ、まるで幽霊が出るところであるかのように、車掌は低い声で、おやしらずっ、おやしらずっです、と、乱暴に前にアクセントを持ってきて読んだ。それに私は恐れをなした。そこでどうなろうと、親でさえ知りえないところだという意味に聞こえた。
  トンネルを出ても闇だが、快調な走行音に変わったことで出たのがわかる。外にある接近装置のブザーの響きが棚引いて行った。減速し、ホームだともわからないくらいの乏しい明かりの駅に着いた。
  意を決して降りる。するとびっくりするほどの潮香。しかも透明板の風除けが夜露で濡れていた。そしてはっきりと荒波の音が、うるさいくらい聞こえてくる。この日は日本海上に高気圧があり、高波に注意するよう呼び掛けられていた。

  列車のホイッスルを後ろに、か細い構内踏切を渡りきると、小石の混じりコンクリートの、急な短い階段を上った。そこが駅舎の入口だった。おぼつかなく灯りがともり、板目の壁に黒電話と、海で遊んだ客が置いて行ったゴミの詰まった袋があった。多くの虫が飛び交っていて、思わず天井を見上げると、照明にクモの巣が張り、その付近を器用に虫がひたすら飛び交っている。

 

 

 

 

左:長椅子の上に乗っている袋は、松任で買った今晩と明日の食糧。

一応、改札口。

雪よけ通路。

 

 

 

 

 

 

 

もう駅員は出てこない。

子不知方。

 

 

貴重な資料。しかしここで紹介されている名所にはもはやほとんど行くことができない。

  駅を出たところは山崖で、かつて西にも東にも悪路を繋げていた細い旧国道が頼りなく曲がりくねり、遠くは暗闇に溶け込んでいた。しかしこの辺はまだ穏やかなところで、昔の人もまだ安心して通ったところだろう。店なんかおよそあるような雰囲気じゃない。だからこそあったらいいのにと思うが、ここに我ありという趣きで、つまらなく冷却音を虫のように響かせつつ、ただ一機の販売機だけが、灯りを眩しくつけていた。電話ボックスもあるから、連絡も着く。ふと見上げると、さっきからトラックが海の高架上をひっきりなしに通行していて、けっこうやかましいことに気付いた。ナトリウムランプの色が、人攫いや拉致を想わせた。旧国道には誰一人として歩いていなかった。

 

 

 

 

観光案内板。見えない…。

市振方。なお、この先歩いても自販機や店はない。駅横のを利用しよう。 いったん現国道まで出て、外波(となみ)の集落に入り直すと、自販機と個人商店があるが、店は当然閉まっている。

 

トイレ付近。これはかなり明るく写っている。

ちなみにこれが実際の明るさ。ほとんど真っ暗なのが現状。

水回りがしっかりしていそうだとちょっと安心する。

駅の中が輝いていた。

ライフライン。

  ついに夜の親不知駅に来たかと思った。べとついた肌が肌寒かった。潮風とも日中の汗とも取れた。トイレや洗面台などを確認した。

  駅の中には一人50くらいの男が、大きな荷物を置いて、時刻表を繰りながらひとりでぶつくさ言いつつ座っていた。ハイビジョンカメラのようなものを持っている。たぶんここで寝るのだろうと思った。長椅子は二脚あった。もう一つの方に自分は座った。最終列車は約一時間後に上りと下りがまだあった。

  荷物を置き、ちょっと公衆電話から掛けて親不知に居ると知らせてみたりして、飲み物を買い、それを飲みつつ時間をやり過ごした。その人とは話さなかった。話すときは、最終が行ってから、二言三言になるだろうと思った。そうしてそれぞれの椅子ごとに寝ることになるだろう。こうして重なることがあるのは、山小屋のようなもので、おかしいとは思っていなかった。沈黙は息苦しいが、それから放たれようと話しかけると、こじれることが多い。特に自分の世界に入っている人には、邪魔することになる。

  やがて40くらいの女性が、20くらいの女性といっしょに入って来た。次の列車に乗るのだろうか。うわあ無人駅なんだ、あんな電話が置いてある、と、ひたすら声を潜めて静かに感嘆していた。来るときは鉄道でなかったのか、別の主要駅で降りて迎えに来てもらったのかもしれない。
  その人は、一通り感心し終えると、座るとこないね、とつぶやき、二人でときどき言葉を交わしながら、親不知駅と書かれた板の掛かった、駅の出入口を行き来した。
  座るところはあった。横に並んだ長椅子二脚の後ろに、壁に据え付け長椅子があったのだ。気付かなかったらしい。たしかに幅狭いが。

  やっとのことで列車の来る時刻が近づくと、駅前に車が乗りつけ、二人の爺さんが出てきた。「おお、無人駅か。今はこんななっとるんだな。」 地元なのに知らないのが不思議だった。通過列車は貨物も含めて多かった。「あれ寝台列車?」 「ああっ! あれは最後まで残った寝台特急で能登っていうやつだで、今は全国に寝台列車はもうあれしかねえんだ! 珍しいな」 そんな無茶苦茶を大声で言っていた。ちなみにそれは急行能登ですらなかった。

  下り普通列車が着く直前、二人の女性と、ずっと座っていた50くらいのハイビジョンカメラマンは、列を作ってホームへと向かって行った。あの人は去ることにしたようだった。私は重なってもかまわないと思うが。しかし私は、予定上、ここしか選択の余地がなかった。

  数人降りてきて、車に迎え入れられた。荒唐無稽なことを言っていた人が、最後に私一人が駅に残ったのをいぶかしげに見たが、詮索せずすぐ駅を離れ、運転席に入り、車を飛ばした。その直前あたりに、重低音響かす、真っ白の眩しいライトを点けた車が駅に横づけしたりして不安だったが、いつの間にか、すべて、消え失せた。虫の音(ね)だけになった。虫の音を聞いていると、海上のトラックの走行音は小さく感じた。また、駅前の寂しい道に出て駅を眺めているときもそうだった。不思議なものだが、この駅について思い起こすとき、いつも海上高架橋が消失している。山崖の旧道と、瓦屋根の駅舎なのだ。

  トイレは別棟になっている。少し旧国道を歩き、洗面台に手を洗いにいった。洗面台のところは屋根がなく、雨ざらしだ。とにかく消灯前に済まさないといけない。

  駅舎に戻り、ホームに出て、夜の親不知駅の風景を味わった。通過列車が多いから注意しないとだめだ。頭に緑のランプを三つともしたトラックたちが、ひたすらに通過して行く。休むということがない。しかし胸に響くような不快な低い音ではなく、とても物悲しい叫び声のような音だった。

  構内踏切から脇に入った宿直室の入口を見つめて、この夜にもかつて駅員はそこで寝ていたのだろうなと思い馳せる。今、中はどうなっているのだろうか。
  消灯前に外の扉を半閉めにして長椅子にビニールのシートを敷く。桟状になった椅子の表面は割合きれいな方だったが、裏から見た底部には、桟の間に虫がいっぱいいた。 鞄を枕にして、本当に恐る恐る、横になる。天井を見上げることになる。ともかく虫が多い。しかし蛍光灯の設置の仕方がお洒落だと思う。ここと同じことをしている駅を知らない。四本の蛍光灯を、逆四角錐を形作るように吊るしてある。しかしその洒落た工夫が、蛍光灯間にクモの巣を張らせ、虫が糸に当たり振動するたびに、クモはささっと動きかける。蛾やほかの羽虫はちっともクモの巣に掛からない。
  いつかここは大掃除してやりたいなと夢想する。しかしするとなると、改装するぐらいの体力と時間がいるかもしれない。
  カナブンがものすごい勢いで蛍光灯と壁に体当たりしている。蛍光管のガラスの音が響き渡るほどだ。あんな虫が顔に当たったら、怪我するかもしれないと考えるほどだ。そして、もう一匹は、飛翔しては自らを床に叩きつけ、を何百回と繰り返している。それはこちらが憂鬱になるほどだった。おそらく翅を傷めているのだろう。あんな体当たりばかりするからだこの種は。そして開いた窓の枠には、スイーッチョ、スイーッチョと、ゆっくりしたテンポで鳴いている輝くような黄緑色の虫がいる。ウマオイムシ、という虫だった。鳴きはかなり大きく、体も大型。飛びかかって来やしないかと不安だったが、おとなしい虫らしかった。「頼むからそこでおとなしく鳴いていてね、そしたら私も何もしないし」と心の中で呼びかけて、眠ろうとする。

  天井を見つめながら、ここは冬はどんなだろうな、と思い描く。冬はもっと扉をきっちり閉めて、暴風雪のなか、静かにふっくらしたシュラフに入って眠ることになるだろうか。そして朝、雪を踏みしめて、外の販売機で温かい飲み物を買い、出立の準備をする…。
  今は夏だ。しかし夜はすでに秋で、うすら寒く、また、秋の元気な虫が鳴き喚いている。
  ふっと外のドアを見る。誰も来ないな…。窓ガラスは明るく反射しているが、向こうに黒い世界を湛えている。

  ボーッ、ボーッ、という、おもちゃの汽笛のような警告音が遠くで響きはじめると、しばらくして、列車が通過することになる。もちろんその直前には、駅舎を線路側に出てすぐのところにある構内踏切が、抒情的な夜のウォーターグラスを思いっきし地面に叩き付けるように、カンラカンラけたたたましく鳴り響く。「列車が通過します、危険ですから通路を渡らないでください!」という女声の自動放送も流れる。それから、凄まじい轟音。ホームの石を削り出すかのようだ。こんなところで寝られるかよ…。

  しかしあるとき、通過しているのが寝台だと気づき、ハッとし、飛び起きた。そろりそろりと構内踏切の入口まで出て、見送った。北陸本線を走る寝台列車に乗ったときは必ず、この親不知駅を通過するのを窓から見つめたものだった。あっちの世界の人は今自分の乗っている列車と自分の姿、客の姿ををどんな気持ちで見つめるものなのだろう、と思い耽ったものだった。

  ついには、自分が乗って居ながらにして、自分の乗っている寝台列車を、親不知駅から眺めたいという、想像でしかできないことを、してみたくなった。分けるしかない。実際に寝台に乗車し窓から親不知駅を見る、そして、夜中に親不知駅に行き、寝台列車の通過を見る。もしさっきのあの中の客が、自分の姿を見て、自分が抱いたあのときの疑問と同じものを抱いてくれれば、成立しそうだ。  しかし自分のしていた「同時な想像」とはまったく違っていた。寝台をここで見てくれる人は、お見送りの気持ちや、長大な旅への想い、もしくは、今は瞬く間に越えてしまうかつての難所に棲んでいるという得意な気持ち、そんなところを夜を徹して走っていく濃紺の寝台列車を目撃するというロマン…。そうなことを想像していたが、実際私が寝台をここで見てどう思ったかと言って、ただやかましいというか、一刹那というか、もっと遠い都市に用事のある、我々に無関係の人たちだろう、そのくらいにしか思わず、こんなものか、でも、まあいいか、と、得心した。

  その後も列車が通過したが、もう見なかった。ただ横になることにした。
  時刻は0時半だ。少しも眠れそうにない。体が火照っている。日焼けのほか、うすら寒いことによる体温の上昇も原因だろう。カナブンが相変わらず鞭のような音を立てて床にぶつかっている。
  ときどき寝入りかけたが、そのときに決まって貨物列車が通過した。しかしそれでも我慢し、黙って目を閉じていた。しかしトラックの音とは、なんであんなに物悲しいのだろう。突然降ろされ、夜の道の脇に、置いてけぼりにされたような気持ちになる。

  気がつくと点いている電気は4本中、2本だけになっていた。またホームもずっと暗くなっていて、減灯したようだ。ここは消さない方針だった。

  ついに2時になり、今までで一ばん気持ちよく寝入れそうになった。しかしそのとき、またもや狙ったように貨物列車が通過した。このとき、もう今晩はほとんど無理だろう、と観念した。起床の予定時刻が4時半だった。
  ひたすら安静に、前腕を両目に当てて、光を塞いで夜を過ごす。高架橋の走行音、踏切の警報音、通過列車、虫…。ここは向いてないとよくわかった。

  眠ったかどうかわからない。眠ったということにしておきたいから、深く思い返さない。4時を回ると、海上の空が白みはじめ、心なしかトラックの音がより鮮明に聞こえるようになったかのようだった。4時半になる前に起き上がった。遅れて時計のアラームが鳴り出したのを止める。もうカナブンはいなかった。スイッチョもいない。そして、夏であるのが信じられぬくらい、肌寒いのだ。半袖の両腕を何度もさすった。透明板の風除け越しに海を見つめると、眠たげな薄青色に仄かに赤が混じっていて、マグネシウムを焚いたような漁火が遠洋に浮かんでいた。

夜明け。

 

田舎の家の縁側の象徴。

親不知駅。

 

 

 

海をじっくり見た。

 

 

  

  とりあえず洗面台を借りて支度する。5時に備えないといけない。始発が上りの5時27分なのだ。駅寝では乗らなくても始発までに余裕を持って起きておく。ここを立ち去る予定の列車は、上り始発の6時48分発直江津行きだ。
  タオルを脇に挟み、液体石鹸の小壜を持って外に出て、旧国道を歩き、別棟のトイレに行く。さいわい夏季は薄明が早いからライトはいらない。この国の家には一つはあるといえるクロム・アメーバの栓をひねると奔出というより、ちょろちょろ、としかでない。また、蛇口と陶器の間が狭く、手を洗うのに難渋する。

  夏は、一日動いたその日の晩、眠れないと、翌日は著しく体力がなくなることを知っていたから、不安だったが、水に触れると、目が覚め、ごく自然に決心がついた。しかしこの日、このことが原因でひどい目に合うことはまだ知る由もない。

 

 

  駅舎に戻り、まもなく5時になろうというころ、懸命に駅舎内で荷物の整理をしていたのだが、散歩の人が駅前を歩いていて、しかも挨拶の声などが聞こえる。二人いる? それに早いな、とびっくりした。まだ日の出ではなく、市民薄明だった。もっとも、太平洋側ではとっくに日の出だろうけど。
  そんなこともあって慌ただしく片付け終わると、気持ちも落ち着き、自動販売機で温かいお茶でも買おうと外に出たら、すべてコールドだった。当然だ…。しかしそんなものが飲みたくなるほどだった。もしかすると、山影のため日の当たる時間が短く、また平地がないため地熱を蓄えにくい、ということも関連が少しあるかもしれなかったが、この日の気象との関係は分けにくかった。

  やがて上り始発が着く。やっぱり客が一人降りてきた。登山者だった。タイムスタンプ代わりのように駅を一枚とると、彼は旧国道を歩きだした。

始発をやり過ごして。

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