EUC-JP to UTF-8 土讃線・土佐穴内駅

土佐穴内駅

(土讃線・とさあなない) 2008年1月

  もしこのあたりの駅にお昼に降りるとすると、次の列車がなかなかない駅がいくつかあった。そうなるとその中でもどの駅に降りようかと考える。そこで土佐穴内駅を選んだ。山間部にあると特に山奥を感じさせたこの駅名と、お昼に本数が少ないとなると、人里離れたところかのようだった。実際地形図を見ると、国道は対岸を走るだけでなく、国道からの橋が駅からかなり遠い。しかし、駅舎はない。だがホームだけであるのが、反ってよさそうだった。駅舎がないぶん、それ以外のいろんなものが目に留まり、変幻な駅前を形作ることができるかもしれない。それにホームだけの駅なんて、こうでもしないと降りないもので、いっそう出会いだと実感させられる。

  大田口から和田トンネルを抜けてひと駅、土佐穴内に着いた。今日はここで1時間47分過ごす。とにかく、のんびりしよう。ここも渓谷地であるから、駅の片側はまたもや擁壁が聳立していて、その上には人家があるのだが、犬を数匹も飼っているらしく、ちょっとこの先が思いやられた。静かにこの駅で、という考えは打ち砕かれるかもしれない。
  ホームの端の方を見やるとなんだかかなり白い。まさかと思いまずそこまで歩いていくと、やはり雪だった。日陰で融けなかったかのように、薄く広がっている。踏みつけるとじゃりと鳴って、氷に近かった。いったいいつごろの降雪のものだろう。

ホームから見た山のある風景。 ホームから見た風景。

和田トンネル土佐山田側坑口 和田トンネル。あのトンネルを抜けてきた。

ホーム、線路、擁壁。 窮屈さが窺える。

トイレつき待合室。 ホームの全景。高知方。

いろんなチラシの貼られた待合室。 待合所。わりとチラシが貼ってある方だった。 ここにも箒がある。

白黒の地形図。 避難地図…。

駅で入り口付近から見た待合所。ホームは点字ブロックもなく白線一文字。

線路跡。倉庫のあるところが貨物ホームだったという。

これが島式ホームだったわけだ。

ここも木の電柱を使っている。

 

高知方面を望む。

阿波池田方向に伸びるホーム。周りはほとんど雪がないのにホームにこれだけ残っていて驚いた。

駅を出て。

土佐穴内駅。

土佐穴内駅その2

駅舎跡の敷地が残る。手前のパイプは水道メーターだろうか。

  やはり駅前はむなしい更地で、便所つきの待合所の壁に土佐穴内駅と書いてあるだけだ。しかも火がついたかのように一部が黒くなっていた。砂利を踏み歩きながら思った。こんな駅ほんとうに一度来るかどうかわからないところだな、と。
  下方に川が流れ、対岸は高く護岸され、その上を国道が走っている。走っている軽トラックが小さかった。ときどき走行音がのどかに聞こえてくる。国道といっても往来は少ないのだった。ところでこの川、こんなに護岸されているのにきれいで、どこか引き込まれた。そうして辺りを見回すと、驚いたことに、遠くに秀峰であろう片鱗がはっきり姿を現していた。岩山のように山肌青く、すがすがしい山容。これはいいところに来たぞ。

駅から少し高知方に離れて眺めた風景。

駅前の道。大杉方向。踏切を経て坂道になり消えている。

穴内川の様子。

対岸はこんな感じ。国道が走っている。

ホーム終端の様子。

  駅前は向こう岸とは対照的で、細いささやかな道が這っており、人も自動車も、建物さえも見かけず、落葉樹が並んでいる。その落葉樹からは川が見下ろせた。
  駅の敷地脇には冬木立が林のようになっていて、やさしい日の光を浴び、繊細な濃淡を地面に落としていた。そんな近くに、電話ボックスがある。思わず、入って電話を掛けようかと思った。この駅に来たことが、今とても満足だった。

駅前の様子。

対岸の国道を見下ろして。

  明るい気持ちで駅前の道を集落のある方へと取った。すると遠くに古い石橋が架かり、ちょうどその先から、ささやかに家並みが道に群がっていて、微笑ましく気持ちが解け緩んだ。
  石橋に差し掛かると、下から、ざああと音がする。恐る恐る覗き込むと、深い小渓流だった。橋詰から寺の案内とともに脇道が出ていて進むと、その先は森で、上の方に土讃線の鉄橋が架かっていた。さきほどの渓流が続いており、引き込まれるように何度も覗き込みながら歩いた。近くには、これこれのあまごは獲るなと立て札があり、子供から大人まで川に入ってきた暮らしが浮かんできた。そして駅からみた護岸の渓谷に惹かれた理由がわかった。川の恵みを感じたのだった。
  こうして滑らかに岩盤を穿つ水流を眺め続けていると、岩盤の始まっているところは奇跡的に水を流すよう繋がっているのがわかり、自然の創造に驚かされた。この辺は森が近く苔も多いし、少し暗いが、豊かさを感じるところだった。しかしそれより先に進むと、森の怖さを少し感じた。

石橋の手前にて。

妙泰寺の案内柱があった。

脇道に入って見上げた土讃線の鉄橋。

「9cm以下のあまごは採られん」…

いかにもあまごが住みそうだ。一見平らな川床だが…

その後すぐに急傾斜の渓流になっていた。

山手へと入り込む脇道だった。

とても感じのいい石橋にて。1月だが常緑樹が多く緑が豊か。

これは穴内川に向けて掛けられた公告だが、 こっちは鮎、あまご一切禁止となっている。

橋から覗き込んだ渓流。

川底から木が茂ってきている。

  元の道に戻るとやはりほっとした。集落に差し掛かる。大杉穴内郵便局がある。といっても個人宅を改装したかのようなもので、まさしく簡易局だった。ぜひとも入りたくなったが、この日は休みであった。中はどんなで、どんな人が営んでいるのだろう。思わず昔閉ざした趣味がよみがえりはがきにでも押印してもらいたくなった。それほどの気分だった。
  この道は気持ちのよい道で、ずんずん歩いた。集落が切れると穴内川が見え、対岸が見渡せた。あちら側も陰鬱な雰囲気は少しもなく、通りの少ない国道沿いに元瓦葺だった古民家が見えたり、さらに付近の小山には耕地と民家がのびのび点在し、そこには気楽な感じさえあった。
 こちら側の川への斜面にも、なんとか建てたような家が見られ、またできるだけ平地を作って菜園にしたりしていた。草々の中にときどき真新しい杭が見られ、測量用のため抜かないでください、とある。つい最近打ったものだった。こんな些細な斜面でも目に留められ今も活用されつつあるのだと思った。

穴内の集落。穴内といっても、穴内二区、穴内三区とある。

大杉穴内簡易郵便局。個人宅といってもおかしくない概観、しかしまだこれは局らしい感じだ。

たばこの有人販売も兼ねていた。

すばらしい山。

対岸の家並み。小山の山肌に民家や畑が見える。

上の写真右手風景。川面に向かう土の斜面を盛大に畑として活用されていた。 いろんな葉の緑がきれい。

  ふっと谷の向こうにすばらしい山並みが立ち広がった。駅近くからも、道中でも一部が見えていた山だが、ここは曲がった谷で視界が広くないから、特定の位置からだけ、山が美しく見えるのだった。ほとんど岩山のようで、標高は1000m越えが間違いなかった。こんないいところなら、住むことになったとしてもいいのではないかとさえ思えはじめた。

美しい山々。岩山然としている。 右手の山は磯谷山(1015.6m)ではないかな。

  そうして歩いていたが、集落の切れてほどなくして、何だか妙なものを感じた。まだ先にも家がぽつぽつとながらあるが、どうも、視線を感じた。何度もあたりを凝視したが、見つからない。気のせいだと思いたかったが、そう思えなかったので、もうこの辺にしておこうか、と引き返した。少し調子に乗ったかな。しかしこうして視線を感じるのは自分にはめったにないことだった。

道の先の風景。穴内二区へと向かう。 延々と何キロも歩くと大田口駅前に出る。 鉄道では和田トンネルがショートカットしているため、距離が短い。

石橋前に戻って。脇に雪の塊がある。

  駅へ戻る。山と川の恵みを感じる石橋を渡ると坂道で、しだいに駅前脇の冬の木々が見えてくる。すると平地になり、土佐穴内駅だった。駅舎のあったところはすっかり更地になっていて、待合所の壁が奥まっている。設備としてはつまらない駅だが、いい駅、いい場所を見つけたと思った。
 ところで寄り添っているこの川はもう吉野川でなく、穴内川というものだった。穴内川、すばらしいではないか。

駅への坂道。

駅前付近の風景。

きれいな青空。

  あと1時間以上をこの駅で過ごした。未明に高知で買ったパンを取り出し、食べる。風景が気持ちよく、とてもおいしい。外で食べるのは、おいしいものだ。そしてその袋を、この駅の錆びだらけの缶のごみ箱に、捨てた。確かにここに来たことが実感された。これで半分くらい、生活的な駅の活用が入り込んだからだった。
  ときどき特急南風を見送った。乗客はこんな駅にも人がいるんだと思っているかもしれない。気になる人は時刻表で調べるだろう。するとこの駅での列車があと何十分も先であることを知る、そんなことを想像する。
  待っている間、この駅のいにしえの残り香を探した。電話ボックスのある林のそばのいかにもという空き地に入ったりしたが、ちょっとばかし資材が置かれているだけだし、旧貨物ホームといわれている土台も、不自然に大きい倉庫があって貨物ホームのことを忘れるぐらいだった。この近辺にて、倉庫というものをしばしば見たのだが、何がしまってあるのだろう。この辺は農耕地も少ないし。
  駐輪はその電話ボックスの横にマウンテンバイク一台だけだった。この辺ではこんな自転車でちょうどいいくらいだろう。
  犬の視野に入らないようにしながら、待合所の辺りで待った。掲示物をじっくり見回ったが、特にこれといって土佐穴内駅らしいものはなかった。ただ避難地図が地形図のやたら精度の悪い印刷で、山での生活ではこんなのもすぐに読み下さないといけないな、などと遊びで考えてみたりした。

特急列車が通過。

2本目の通過。特急南風。

  それで次の予定は何だっけ。思い出すと大杉駅だったが、大杉を出るともうあとはおまけで一駅降りて岐路を辿るばかりで、えっ、もう四国の旅も終わってしまうのかと、にわかには信じられない気持ちになり、それからかすかに寂しくなった。
  地元の人が一人やってきた。次の列車に乗るんだ。しかし列車はまだ先で、早く来るんだと思った。時間になったころ、ちらとその人を見て、もうそろそろだ、という気持ちを共有しようとした。固い雪を踏みながら和田トンネルの坑口を見つめる。すると、遠くの黒い針穴から二つの光がはっきりと射刺してきた。とうとう来たか。しかし光が見えてもすぐには出て来ない。徐々に光を強くし、やっと先頭が判別できるころ、一両の列車がゆっくりと坑口から吐き出された。14時27分発高知行き。列車は土佐穴内駅にきちんと停まり、お昼の駅を、駅にした。
  列車に乗ると、かすかにお昼が終わるころの雰囲気を感じた。この駅ではずっとなだらかな昼間のままだったが、ほかの駅では時間が動きつつあったのだった。

到着した貴重な高知行きの列車。

  この土佐穴内駅がこの日もっとも印象に残ったもっともいい駅であることは、もうどう考えても間違いなかった。この駅でのできごとが、この日の頂点だ。ここに降りなければ、輪郭のはっきりしない日になっただろう。昨日の頂点は、安和駅だった。美しい海と、それから今日のような気持ちよい山。初めての四国紀行はすがすがしく青い、標高1000mぐらいの双耳峰な岩山の稜線を描き終え、しだいに帰途に着くことが理解できはじめた。次は高知県内では最後になる、大杉駅へ。特急停車駅で大豊町の代表駅が、山間をうろうろしたこの日を最後に賑やかにしてくれ、ふさわしいのではないかと、次の駅まで一駅ながら想像して乗った。

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四国紀行─冬編 (目次) :  1 (新大阪から夜行バスで高知へ)2 (日下駅へ)3 (波川駅へ)4 (伊野駅へ)5 (高知駅へ)6 (西佐川駅へ)7 (吾桑駅へ)8 (大間駅へ)9 (多ノ郷駅へ)10 (安和駅へ)11 (須崎駅へ)12 (影野駅へ)13 (六反地駅へ)14 (夜の窪川駅にて)15 (深夜の高知駅)16 (土佐岩原駅へ)17 (豊永駅へ)18 (新改駅へ)19 (大田口駅へ) > 20 (土佐穴内駅) > 21 (大杉駅へ)22 (佃駅へ)23 (瀬戸大橋を経て岡山へ、そして三石あたりで夜の緊急停車:おわり)


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