梁瀬駅

(山陰本線・やなせ) 2012年7月

朝起きて。呪い殺されそうな感じだが、怖いとかいってられない。 慣れです。
少し明るくなって。
一晩泊った待合室。
まだ何も見えない。
真暗な跨線橋を独り渡って、とりあえず外に出てみる。
こんな古い街並みだったんだ…。
敷居の花崗岩も多くの人の靴に舐められて…。
だいたいどんなとこかはわかった。
 
椅子はこれきり。
券売機。
いちおう7時から開くみたい。
チッキは塞がれている。
さびしげ。
 
かつての構内踏切跡。
 
 
 
かつては左のような建物ばかりだったのだろう。瓦は黒の石州瓦を使っていると思われる。 このような山手ではあの赤茶や黄土色のものではなく、黒のものが多い。 北陸地方も日本海を通じて石州瓦が広まったが、一部の地域を除いて黒がほとんどのようだ。
この建物は皮製品専門店だったようだ。
夜久野方。
 
すぐ近くまで山が迫っている。大雨の日は少し心配である。
駅前を和田山方。路傍型駅舎前。
裏打ち。
 
明け方の梁瀬駅1.
2.
ライフライン。公衆電話は何気に重要である。携帯なんて電池切れたら終わりやし。
3.
 
4. 車が縁石を認識しやすいよう花壇が置いてある。
外灯はいいもんだ。
5.
駐輪所とトイレ。
駐車場。月極とかではなく。
駅前。
6.
7.
ここも本来はただの犬走だったと思われる。
構内踏切をまた使うことはあるのだろうか。
回廊。
 
信号扱い台。
 
 
 
もう使われていない無人駅だと思っていた。
チッキ台のむこう…。
奥トイレ。
 
 
跨線橋にて。
和田山方。
夜久野方。まだ道路が未発達だったころを彷彿とさせる。
このあたりは盆地となっている。
 
 
城崎までは電化している。
大阪は福知山で乗り換えかな。
丹波地方によくある風景。
水路や川が多い印象。
 
 
 
山陰線には多いこの枠。
 
この先が構内踏切だったことを覚えている人ももう少ないかもしれない。
瓦は葺き替えられてきれい。ふつうの瓦っぽい。
丹波は雲が低いね。
 
 
 
おばあさんが風呂敷背中に歩いて来そう。
 
ほんと朝になるとあの恐ろしさはみじんもなくなる。
 
 
 
 
集落が谷にあるような感じ。
 
 
 
 
 
ホームも端になると荒れ果てていた。しかしこれでよい。 不要なものは存置にとどめて自然に任す。
 
このへんは元鉄道用地っぽい。
 
 
 
 
 
 
そんなに前ではないね。
 
 
 
 
明るくなって。
ふと脇を見ると生活感のある一景。 打ち棄てられた木造舎などではない。
美しい日本の街道。
朝の梁瀬駅。8.
9.
道幅はこれくらいが落ち着く。
山陰線の重厚な木造駅舎。10.
11.
どこにつながっているのだろうか。
 
12.
駅庭と木枠の窓が似合っていた。
 
 
 
制限時速30kmの街道。
右へそれると…
虫くさかった。
 
 
 
やはり一帯は水に豊富な印象。
駅へ。こんな道どこにでもあったけど。
 
 
 
13.
 
 
 

 4時20分に起床。とうぜんまだ暗い。はつかに天が蒼黒い。しかし怖いも何もいってる暇はなく、片付け。ここまで来るのに少し疲れたからか、まま寝られた。手洗い場が見つかりにくかった。

 ほどなくして灯りが点った。5時前だ。中国地方ならどこにでもあるような木造舎で、駅庭もりっぱだ。旧街道に寄り添っているが、こうしてうっすら明るくなっても家人たちの蠢きはついぞ感じられず、ゴミを出す以外は真夏の白昼を迎えてもずっとこの静かなままのところのように思われた。

 ホームに立つと、こんなところだったのかとはじめてわかる。水路と田野で、たえず水の音がしている。蛙の鳴き声はだいぶんに落ちついた。高い里山に雲がかかっていた。裏手の変電所は昨晩からみょうに印象に残っている。
 少し雲が多いが、天気はどうでもよいと思えたから、なんとなく晴れる気がしていたのだろう。

 明け方の静かな肌寒さを身に沁ませながら、街道を一歩いっぽ歩く。何かを壊してはいけないこの感じ。ひそかになんか悪い遊びをしているような愉しみ。自分の鼓動がきこえてくる。時速30kmの標識が古民家の脇からにらむ。オート三輪や軽トラが行き交っていたような光景がフラッシュバックする。こんな充足した時間が、今日から何回も、何日もつづくとなると、もう自分の心ははちきれそうだ!
 不思議の小径を見つける。進むと煉瓦アーチの水路だが、暗渠にして中を通れるようにしてあった。この手の手法はあちこちにあるので珍しくないが、要するに鉄道の築堤が水路を遮らぬようにしたのであろう。入ってみるとまあ蚊の多いこと!
 水場でボウフラが育っているようだ。何度も顔から払いのけて戻る。界隈は人んちの里道という感じだった。洪水になったらこの道は通れぬかもしれぬ。
 しかしこのトンネルというのは、この山陰の旅で一つのテーマになるものだった。
 トンネルというと、近代夜明けの古い隧道に旅心湧くイメージがあるが、私はどちらかというと、人だけが通れるような、こんなトンネルにだ。コンクリのコの字型のやつでもいい。きっと大説的な歴史よりも個人的なものが好きなのだろう。何かそんな体験をひとりで大事にしたい気持ちだ。

 ここはたしかに集落街村型の駅だが、じつは裏手側には遠く旧山東町の盆地が広がっており、大手企業の工場もある。この町の代表駅としての見込みで、設置されたんだろうか。よく見るとホームからはジャスコやロードサイド店がかすかに見える。けれど…ここは落ちついている。あの界隈に比せばここは外れていて、忘れられているかもしれない。しかしなぜかそれでもいいと思える。それは私が生きてこうして、また多くの鉄旅人もとおっているにちがいないから。そして今も列車は走っているではないか。非現実を追っているわけではない。鉄道を信じているわけでもない。自由を求めるも、ある程度は様々な関係性において不自由でないと、一般性がないと思えたからだった。




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