四国紀行 ─ 冬編

高知駅の深夜

  窪川から2時間弱、列車の中が寒いため、首にだるさを感じつつ高知に着いた。緑のシートを離れ、外に出る。時刻は22時52分で、まもなく23時。もうすぐ土曜日だし、誰か旅行者はいないかなと見回したが、見当たらなかった。みんなで跨線橋を渡り、人の流れに乗って改札に行き切符を見せると、いきなり「午前中から乗ったの?」と訊かれた。驚いてはいと応えたが、少しあとで考えてみると、スタンプの色なのだろう。でもわざわざ変なことを訊くものだと思った。金曜午後からのみ利用可能な切符もあるので、それと勘違いしたのだろうか。
  もうほとんど列車もないというのに駅舎内には人が待ち合っている。何してるんだろうと不思議に思いながらも、自由な余地を感じられて安心したりしたが、すぐに夜行バスだと気づいた。20代が多かった。これから関西に向かうのかな。東京方面のバスはもうとっくに出ている時刻だろうから。

23時の高知駅コンコース。

透明のブースの中にはもう誰も入っていない。

駅を出て。

夜の高知駅駅舎。

  さて、地図を取り出し意気軒昂と楽しみにしている今夜滞在するインターネットカフェへと向かう。2007年の夏の北陸にて、自分の旅にはホテルが向いていないのではと、はじめて考えるようになって、それまでの何が何でもホテルという考えが崩れ去り、今回のこの初めての試みへの道がついたのだった。あのときまでは泊りがけにおいて、一晩をホテル以外で過ごす、という概念がなかった。そういうわけで、ちょっとどきどき、わくわくしていた。
  午前中歩いたように大通りをとりあえず高知橋まで歩く。そこから先は初めてだ。信号を待っていると、中小のビルが静かに立ち並ぶ脇道には、堀のような川が平行していて、寒風の中、その川に沿って自転車がすいすい走っていくのを見かけた。自由な都市に来たと思った。
  橋を渡り、ローソンを過ぎ、もう10分は経っただろうか。暗い中、蓮池町通りを探しているが、たぶんここだと思い、交差点を右折すると、そこは一転、祭りとなっていた。そうか、夜の高知の街はこんなふうになるのか。焼きとうもろこしなどの屋台が出ていて、2人から4人連れがあっちこちを歩いては店吸い込まれていくかと思えば、酔っ払いが1人で歩いていたりする。どうも飲み屋街にあるようだ。とにかくすごいときと ところに居合わせたなと感じながら、目的のビルを見つけ、ちょっと探してエレベーターに入った。すると、男性が慌てて入ってきて、会釈したようだった。雑踏から静かなエレベーターに入り、少しほっとしていると、先の男性は途中の居酒屋で降りていった。機内の壁の広告を見ていたが、目的の店、高知ほっとステーションの出したちょっと引っかかる掲示があったが、自然と気に留めないようにしていた。ついに高知ほっとステーションの階に到着。ドアが開く。が、考えが完全に停止する。ドアが開いているはずなのに、その向こうはシャッターが下りているのだ。あ、これは間違えたぞ、階を間違えた、ともう一度確認したが、何度確認しても間違いではなかった。しまった、なんということだ…。シャッターのほうにも張り紙があるが、とりあえずさっきの機内の広告をじっくり読む。すると、まさにこの日のこの時間だけ、急遽営業休止にするという。何度も日付を確認した。無駄だった…。自分が来るのを誰かが通報して、店が休みになったのかと妄想にさえ憑かれた。そんなに予定を反古にしたいかと思いながら、ホテルを選んだ人たちからの哄笑の渦に取り巻かれいるようだった。冷や汗をかきながら恥じ入る。別に誰かが、何かしているわけでもないのに。
  でももう1つ、見当をつけている場所があった。しかし駅に近いこっちにほとんどかけていたので、地図さえ持って来ていない。ビルを出て、屋台の出ている歩道を歩く。お酒も飲まないのにこんなところをうろうろしていてはだめだと思い、足早に蓮池町通りを出た。

エレベーターから見た悲しみの街の風景。

  とにかく呆然としている。頭の中が真っ白になりながらも、とりあえずいい加減な記憶の地図を頼りに、もう1つの場所へ向かって張り詰めた感じで歩き出した。闇雲に歩いて見つけたい気持ちだった。そうだ、最後には交番で訊けばいい。でも交番はどこなんだ…。途中、音響の漏れるビルがあり、何かと思うとカラオケボックスのビルだった。おりしも1台の自動車が停まり、若い女が降りて中に入っていった。車は去る。市街地のカラオケにも送り迎えの高知か、と思うも、ふとここはどうだろうとよぎる。もちろんすぐにそれは消し去った。 大通りを海側へさらに歩いた。はりまや橋、まで来てしまったようだ。はりまや橋の通りに入ると、びっしりと黒いタクシーが張り付いている。屋根に桂浜という明かりをつけたりしているから、飛び乗って、桂浜まで、月を見に行きます、と言ってやるのを想像したりした。もうタクシーに乗ってもいいと思っていたが、店の名前さえ憶えていない。これはもうだめだ。それにしてもとにかく意外なのは、もう深夜だというのに、あっちこっちのうす暗いところに飲みに来ている人が居るということ。こんなに賑わっているとは思わなかった。花の金曜日というのは、知っているけど。そうだ人に聞いてみようと思うも、酔っぱらいだし何か起こりそうでその気にもなれず、またそれ以前に、知っているようにも思えなかった。電話ボックスを見つけ、思いついたように中に飛び入った。電話帳を索いて…。ちょうど良さそうな項目を見つけたが、そこにはないような感じだった、というのも、何せ住所を見ても見当つかないし、店の名前さえ…。もうこれ以上歩いたら迷ってしまうと思ったし、また心なしかしだいに歩いている人が減ってきているようだったので、引き返すことに決めた。足はとぼとぼ勝手に駅へ向かう。歩きながら沿道の店を見たり、飲み屋のある暗い小路を覗いたりしたが、私にに用はないといわんばかりだ。結局あそこか。けっこうな距離を悄然としながら歩いて駅前付近へと戻った。そういえば駅前には交番があるはずだと思っていたものの、ざっと見回しただけでないと断じ、そのまま駅舎へと足が向いた。訊いてわかってもまたあそこまで歩く気がなかった。それにパトロールで不在だろうと。最初のあの仕打ちの衝撃が大きく、大部分の意気がくじかれてしまっていたようだ。立ち直りの遅いこと。しかしこれを教訓に、2か月後の九州ではすべてがうまく運んだ。今思えば、このことで予定にほんのささいな隙も作らないようになったようだ。ちなみ帰ってから調べると当然駅前交番はあって、駅舎と向かって右側の目立ちにくいところにあった。午前中あれだけ高知駅前を歩いたくせに、交番の場所も知らないでいたとはと、のちほど呆れ、自信をなくした…。

  駅舎に近づくころ、稲妻が走った。高速バス乗り場に誰かいる。最悪、バスを待っている人に紛れてあそこで待てるかもしれない。そこに居たのは新しい銀色のジャージを着た老夫婦2人で、これから夜行バスを待つようだった。あらかじめ楽な格好に着替えてしまったようだ。とりあえず駅舎の中を覗きに行ったが、もうさっぱり誰もおらず、駅業務も終了している。寂しいものだ。少しでも長居すると駅員が出てくるだろうと思い、すぐ立ち去った。外に出て、しばらく佇む。もう深夜0時半で、始発まで5時間を切っている。仮にホテルに入ったとしても空しい。気温は 度ぐらい、安全は…とあたりを見回すと、駅舎軒下でこの真冬の夜にタクシーの運転手が、自分の車のドアを開け、その前で何かを枕にして地面に寝そべっているではないか。それを見て、もうなんとでもなるように思えた。待てるだろう。高速バス乗り場のプラスチックの長椅子に腰をおそるおそる据える。やっぱり椅子が冷たい。耐えられず、すぐにちょっと引っ掛ける感じで足も上げてしまう。するとだいぶ暖かだった。老夫婦はさっきから がさがさしていて、荷造りでもしているのかと思ったが、しだいに変だな、と感じはじめた。荷物はちっとも旅行風でないし、それにそもそもこんな時間にバスなんか出るのだろうか。改めて背後の一面時刻表を見ると、最後のバスなんてとっくに出ていて、なあんにもなかった。つまりこの2人は、ここでいつも寝てる人…と、やっと気づいた。それぐらい新しくていいジャージを着ていた。しかも連れ添っているし…。ふっとここにいて大丈夫かなとひらめいたが、向こうのほうが危険を感じているだろうと思い当たり、そっちに関心がないように、なるべく首を駅前側に傾けつづけた。しかし駅舎がどうのこうのお昼に評したくせに、こういう一面を知らなかった。
  とにかく40分後に時計を見ようと、じっとうずくまり、何も考えないようにする。こんなふうにして夜を越えていこう。やってくる朝のことしかもう考えない。ずっとたゆとう想像を続けて、もうかなりの時間が経った。まず40分は乗り切ったぞと思い時計を見ると、なんと、20分しか経ってない。唖然としてこんなことでやっていけるのかと思った。まあ最初はこんなもの、と思い直し、次こそさらに40分後に時計を見ると誓ったが、この後これと同様の落胆が延々と続くことになる。
  例の2人がずっとビニール袋の音をさせている。ほどほどで終わるだろうと思っていたのに少しも終わる気配がなく、10分近くも続いている。ついに非常に耳障りになり、いったい何をしているんだろうと、思い切って直視すると、男のほうが大量のビニール袋を柔らかく括って、椅子に敷き詰めているではないか。敷布団にするのだ。ついでに椅子を見ると、木製のものだった。よく考えているんだと感心しながらも、煩わしい音に悩まされた。ひと段落したらしく様子を窺うと、彼は横になって上から目立たない色のシートをかぶり、別のところにあった直立灰皿を椅子に寄せて、シートの端を挟んでいた。ああやって寝るのか…。その後、奥のほうで寝ている女のほうが、あのひとまだいるよ、と男に言い、男は、うん…とだけ鈍く返事した。悪かったね。奥さんの声はよく通った。かわいらしい声をしていて、若かりしころが窺がわれた。ふたりは横になってからもしゃべった。「ここも2月いっぱいでおしまいなんだって。」 「え?」 「なくなっちゃうの。ここ。」 「うん。」 「どこへでも行きますわあ。南は須崎、北は…? どこだっけ」 「むむく」 「北は…南国?まで。」 なくなるというのは、駅舎建て替えに伴うものだろう。ちなみに南は西、北は東。放浪旅といっても、これが実際のようだった。
  どうにかこうにか1時を迎えようとしたころだろうか、駅構内の自動放送が響き、列車が入ってくるという。こんな時間にあったっけと線路のほうを注視していると、須崎方面から特急の編成の入ってくるのがちらっと見えた。どうも23時30分に高知を出た須崎行きのホームエクスプレス高知が、回送されてきたものらしい。しかしこれでついに駅の一日は完全に終了。貨物もないから、この後はずっと静かなままだった。まだ1時。始発のある5時台の、1時間前になる4時から行動を起こすとしても、あと3時間か…。この1時間でもどれだけ苦労したやら。ましてや時間が経つにつれて1分1分は重くなっていくであろうに…。膝を抱き抱き頭を横に傾けて休んでいるが、やはりふくらはぎが圧迫されて、ときどき伸ばすものの、寒くてすぐにもとの姿勢に戻る。

  1時を過ぎ、冷たい風に苦痛が増す。高知ホテルの明かりは3つぐらいしかついていない。少しばかり離れた大通りにはまだ自動車の動きがあり、酒の席がお開きになったころあいのようだった。まだロータリー沿いにいくつか自動車が停まっているし、新たに入ってくる自動車さえあった。列車はもうないのだが、ここで待ち合わせでもしているのだろうか。 ある隙間から見えたコンテナ積み。深夜に見て、真にオフレールになったのだと感じた。
  少しだけ歩いた。荷物運搬所の通路なら風がよけられるだろうと入ってみたが、むしろ風は通路を通っていた。そこにはビニールに包まれた新しい新聞が置いてあり、あまりここに居ないほうがいいなと思って、すぐに出て、椅子へと戻った。しかしそれから間をあまり置かずして、ちょうど荷物運搬路を見通せるところに停まっていた軽自動車から人が下りてきた。そして通路に入っていく。どうも新聞を運んできたのがその人らしく、怪しい人がきたと思い偵察しに来たようだ。そしてついにはバス乗り場のところまで回ってきて、大きく掲示されているバスの一覧を見にやって来た。いったいこんな時間にバスがあるとでも言うのか、とでも言いだけだ。さらに2人もいたから、謎が不愉快に強まったのかもしれない。とりあえず歩くのは、やめ。
  ふてたようにじっとしている。寒さに何度も膝の上に乗せた頭の位置を変えたりするが耐え難くなり、しだいに苦しみだした。それで2時になったら、温かい飲み物を買おう、と目当てを作った。それからというもの、時計を見てはうなだれ、心が押しひしがれるのを感じながらも、延々と耐える。2時まで、あと20分。それがなんと長いことか。どう考えても時計の針が重くなっていた。あたりはもうとっくに闇も深く立ち込めて静まっている。やがてさっと立ち上がり、すぐ近くにあった駅の販売機まで行って、メダルを入れる。もはやコインではなく、ただのメダルだった。カフェオーレのスチール缶の落ちる音が夜を破る。手に取るや、とても熱い。それほど手が冷たかったようだった。首筋に当てると、表情はしどけなく崩れたようだった。手にした1つの爆弾。飲む前にこれで散々暖を取った。ぬるくなり過ぎないうちに飲もう。栄養が体中に染み渡ったかのようだった。例の軽自動車ももう居なかった。
  結構前に駅前に大型トレーラーが入ってきて、エンジンをかけながら停まっているのだが、今になってその、どっどっ、と響くエンジン音が耳につきはじめ、頭に疲れが溜まった。このトレーラーは何やってんだろうこんなとこで…。じきどこかへ行くだろうと思っていたのだが、一向に動く気配がない。しだいに早くどこか行ってほしいと希求するようになった。

  夜も2時を過ぎると、離れた駅前通もしんとして、ロータリーからも自動車がほとんど立ち去った。そんなころだった。離れて横で寝ている男が起きて、バス乗り場の隅の溝のほうに向かって歩いていく。さては仔キジを打ちにいったな…。しかしそれから姿を消したようで、ちっとも帰ってこないのだ。連れの女一人置いてどこ行ったのだろうと不思議に思ったが、男が出て行き、私は人の活動時間を見たようで、気楽な気持ちになった。それから30分以上して、駅構内のフェンスをこっちに乗り越えようとする人の姿を見た。あの人だ。片手に小さなビニール袋を持っている。近道してコンビニにでも行っていたのかな。彼は寝床に戻って、妻を揺り動かした。こんな時間に食べるのか…。女は起きて、二人で食事になった。「これきらい?」 「…」 「きらいなのすきなの、どっち。」 男がいらいらしたように訊いている。女のほうはしぶしぶ、すきと答えた。「きらいならいいんだよ、食べなくても。…べつの探してくるから。」 ちょっと拍子抜けしたが、食べ物は、駅のごみ箱から取って来たのだとここで気づいた。たぶんこの時間帯が取りやすく、食べ物も箱に眠っているのを知っているのだろう。
  しばらくして、男が私を見ながら近くに寄ってきて、なんだと目をみはっていると、すぐそばのごみ箱にものを捨てた。食べさしのサンドイッチだった。歯型がついていたから捨てたのだろう。ついていなかったら食べている。しかしほんとにこんなのを手にとっているんだな…。すぐにコンビニと発想した自分がいかにも甘いようだった。
  こんなときにあってはカフェオーレも確かに滋養の塊と感じられたものの、暖かさは去り、寒さがぶり返した。足があまりに冷えて来たので、もう1つ懐炉を開封しそれを首にあて、それまで首に当てていた六反地で開けた方を、靴の中に入れた。この深夜2時の間は、4時になったらこんな鶉みたいな自分を捨てて、ここから飛び出してコンビニに行くという想像を何度もして鼓舞した。二人は硬貨を持っていてもコンビニには行かないように思えた。
  刻苦して3時、2,30分前を迎える。3時になればあと1時間だ。でもその3時までがまた長いんでしょ、と短く感じたいという期待を裏切られる前にその防衛をしておいた。少しでも眠れれば時間も早く経っていいのにと思ったものだが、眠れるわけがない。

  3時を過ぎる。あたりはこれまでになく静まり返り、耳がきーんというほど底冷えした。空気が氷のように冷たい。彼らはいったい本当に寝ているのかと不可思議に疑念を強めた。このときが最も酷寒だった、しかし長くは続かないのもわかった。ここさえ越えられればいい。足を抱きながら、自分は兎だと念じる。4時になったら、脱兎のごとく椅子から飛び降りて、徒歩10分のローソンの光を浴び、鋭気を養おう。体を最も硬直させてじっと耐える。気がつくと頭がふわっとしていた。はっとし、時計を見ると、知らぬ間に20分経っている。20分は、間違いなく寝た。危ないと思い目醒めたのだが、一方で打ち克ったと非常によろこんだ。もうあとは4時を待つばかり。そうして待っていると、3時40分前、あのエンジンをかけながらずっと停まってたトレーラーから突然人が飛び降りてきて、荷台を開き、積荷を勢いよく下ろしはじめた。そうか朝の品物を納品するまでここにいたのかとやっとわかった。それからほとんどすぐに、突然作業着を来た50ぐらいの男が近づいてきて、私のすぐ脇のごみ箱からごみを取り出し、新しい袋に入れ替えはじめた。私はついにとんと地面に降り立ち立ち上がる。寝ていたあの2人も跳ね起きて、まずすぐに勝手に移動させた灰皿を元の位置に戻し、寝床を片付けはじめた。もう朝が来たのだ。朝はこんなに早くからしだいに始まっていくものなんだなあ。そのまま意気揚々と私は駅前を立ち去り、何度も思い描いた買い物をしに大通りに向かって歩き出した。

3時40分ごろの高知駅コンコースに入ってみた。

真っ暗だが、実際はもう少しだけ明るかった。

これが一晩を過ごしたバス待合所。

大きなボードが時刻表となっている。

  大通りはまだ真っ暗でしんとしているが、ほのかに朝の胎動が感じられる。たまに見かける人が、酔った顔ではなく、朝の顔をしているのだ。ときどき信号待ちをし、その間、中層ビルの真っ暗な入口や、見知らぬ県都の街の、地元の人でさえあまり知らなそうな時間の大交差点などをぼんやり眺めては、歩き出す。駅から10分少々。遠くにローソンの光が見えた。これで2回目か。店の前に着くと、向こうからやって来た自転車に乗った60ぐらいの男性がちょうど店の前で止まったのだが、その人は着いたとたん表情がはっきりと柔和になって、いかにもこれから好きなものを買おうという喜びが溢れ出した。しかしまだ5時前で、老人の早い目覚めなのだろうかと思われた。ドアを押して、一緒に店の中に入る。さめざめと白く明るく、どこの店舗でも感じられそうな匂いと掛け声。いよいよ高知を去るんだと感じた。いろいろ迷ったがここでは今日の昼食べるものを買った。というのも、この日の降りる予定の駅には、付近に店がありそうなものは1つもなかったからだった。
  店を出て高知駅へ。大通りの突き当たりに、駅名表示が黄色くともっている。このあたりの夜のさやけき象徴のようだった。駅に辿り着くと5時前で、もう駅舎内の照明がついている。やっとちょうどいい時間になったか。気になってバス乗り場を見に行くと、女は座り、男はその人に向かって立っていた。寂しげに会話しているかのようで、この後はどうするのだろうか。自分がフリー切符などに支払っているのが異様のようだったが、それもこんな光景からの逃避行のようでもあった。

帰ってきて。4時30分ごろの高知駅。

 

ちゃんと光ることを確認。

 

再びバス乗り場に来たが、変わったところはなかった。

パン屋。ここに卸していたのだろう。

軒下にて。

自動きっぷうりばの表示が光る。

一覧になった宿泊施設。今日のような事態になったときにも有効だ…。

観光案内所前にて、軒下を下り方に望む。

点灯式案内板。お昼には気づかなかった。

ボタンパネル。光らないものも多々あった。

夜の駅舎。

明かりのともった駅舎内にて。

  駅舎内のKioskで女性店員が乱暴にシャッターを開け、届いた新聞や雑誌の包み袋を裂いている。これで高知駅の酸いも甘いも吸い尽くしたかのようだった。5時10分ごろ、改札に近づき、入鋏させて駅構内へと忍び込んだ。駅員は物憂そうだったが、この人はこの駅で仮眠して業務に就いているのだった。1番線は未明の夜気。昨日バスで着いたときよりちょっと早いが、これで丸一日高知にいたことになる。5時27分発阿波池田行きの案内が、6時ちょうど発の南風岡山行きの案内とともに出ていた。
  列車2本が線路内に仲良く待機した。隣りの列車は5分50発窪川行き。また窪川と聞くとげんなりするが、そういうものが日々の生活なのかもしれない。しかしこの旅は逆方向の、阿波池田行きに乗るのだ。発車10分を切ったころに、乗車した。中は変に明るい黄緑のロングシート。内部の造りが少々複雑な感じで、古さを醸していた。これにまた長々と乗って土佐岩原、という寒そうな名前の駅に行く。この車内にお世話になるわけだ。深々と席に着き、一呼吸した。

1番線ホームの風景。

特に動きもない改札口。

お手洗い、駅長室とわさわざ内照式案内板を出していた。

駅長室前の水場。

駅長室の入口からは、2階の文化教室にも行けるようだ。 文化教室の入口は2階ステーションデパートの奥にもあった。

始発列車。乗るのは右手、阿波池田行き。

3番線の列車。あれは滞泊していたものだと思う。

島式ホームを見て。

1番線下り方の風景。

列車へ。

未明に山中の新改、繁藤を越えて

  僅かな客を乗せ、ついに発車。どおん、と動き出す。高知駅1番線を離れてゆく。もうこれで最後か。明かりがなくなり、車窓は暗くなった。そうだ少し睡眠をとろう。気が立っていたが、気づくと列車は土佐山田に着くころだった。高知から30分ほどだった。
  土佐山田で下車した客が、車掌に特急列車の乗り場を聞いたらしく、大声で案内されていた。まだ真っ暗だ。土佐山田を出ると、車掌は新改の案内を出し、車内にやってきて、隣りの先頭車に入っていった。眠くてしかたかなく、目を閉じてはすぐ入眠した。車掌が戻ってきた。誰かが検札されていて、こんなとこで来るのかと思ったが、私はまたたやすく眠ってしまい、車掌が自分に、乗車券拝見します、と言った声で目が覚めた。彼は切符を見ながら今にも判子を押そうか考えているが、押すな押すなと念じる。だって今日の分はもう押してあるんだから。車掌はありがとうございますと言って、去っていった。
  放送で新改の名を聞きつつ、列車は新改駅のホームへと入っていった。山中の暗闇にホームの心もとない明かりが浮かび、車内の照明が山側の草木ばかりを照らし出している。開いたドアから人が入ってくる代わりに、冷気が容赦なく差し込んできた。ここで運転士や車掌が少しばたばたした。このためにあらかじめ検札したのかと思った。列車はまもなく扉を閉じ、逆方向に走り出した。こんな山の中でいったいいつまで後退するのだろうかと、とても長く感じられた。やはり終わりはあって、列車はぴたりと停まり、また走り出す。このとき乗務員に動きがなかったから2人の運転士を載せているのかなと思ったが、1人の運転士が後退運転をしているかもしれなかった。
  列車は動き出したものの、周りが真っ暗で何も見えないため、まるでさっきと同じ方向に走っているかのようで、奇妙だった。しかし、反射しがちな車窓を必死に覗いていると、明かりともるホームらしきものが遠くに見えた。さっき入った線は、あの線なのだろうと得心した。
  繁藤という駅に着く。この駅で15分近くも特急の退避待ちがあると言われ、降りてみようかと頭がどよめいたが、真っ暗なのでやめた。しかしまたぞろこんな山の中の駅でのんびり止まったままって…。停車してほどなくしたらドアは手動にして閉めるだろうと思っていたのに、一向にその気配はなく、遠慮なく冷気が這入り込んでくる。せっかくの暖房がむげになっていき、ちょっと泣きそうな顔になった。この駅にて、60を過ぎた女の人が乗ってきて、切符を売りに来た車掌に定期券を見せた。こんなところから始発に乗って仕事か…と思うも、平然としたその表情から、かようなところに住まう人の強さが窺がわれたようだった。改めて窓の外を見回すと、ちょっと車のヘッドランプが見えて、この人の送迎だったのかなと思った。私が足をさすって寒そうにしていると、通りかかった車掌がドアの操作ボックスにがちゃがちゃいわせながら鍵を差込み、エアを操作してドアを閉めてくれた。機械も、車掌も、かっこよく映った。
  さて、新改、繁藤と起きていたが、その後も眠くて眠くて仕方なくなって、土佐岩原まであと30分ぐらいなんだから深く寝入りこんだらまずいぞと思っているのに、眠りこける、ということを繰り返していた。

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