長浜駅
(北陸本線・ながはま) 2006年9月
横からの日差しが落ち着いた9時半ごろ、長浜駅に着いた。 この日はすっかり秋の気配を漂わせたさわやかな晴れで、 ほとんどの人がもう薄手の長袖を着ていた。 敦賀までの直流化を控えた長浜駅では、 新しい駅舎の建築と、駅構内の改良工事の最中だった。
島式ホームにて。
最後まで残った木造の上屋。
工事はかなり進んでいた。 元の駅舎の横に建てられた新しい駅舎はほとんど完成し、 駅構内からはその昔の面影がほとんど消えていた。 しかし奇妙なことに、逆に昔の姿に戻った部分があった。それはホームの床。 アスファルトがはがされ、ホームの縁だけが石造りになっており、 まるで汽車時代のホームのようだった。私にとっては、写真でしか知られない世界だ。 新築された駅舎の壁には蒸気機関車の"すす"をも再現しているのだというが、 今ひとつ、私には雰囲気が掴めない。 ふと、新しい駅舎のその壁と、土のホームを重ねて汽車時代を想像してみた。
島式ホームから、駅舎のある単式ホームを見て。
改札口の寸前までかさ上げ工事が進んでいた。
2004年9月の改札口。
島式ホームの米原側の風景。
こちら側は新しいホームがもうほとんど完成していた。
島式ホーム中央付近。
山型の屋根のこの上屋が見られるのもあと僅か。
島式ホーム敦賀側にて。
左に停車中の列車は471系近江塩津行き。
直流化後の長浜敦賀間に3両編成の旧国電が運用に就くことは基本的にないのだろう。 車輌の新造費も含めて、地元が巨額の費用を拠出したのだから。 しかし新しい編成は2両編成のため、 朝のラッシュ時には長浜から木ノ本が高校生たちで非常に込み合う。 4両の新快速が来るのは…デイタイムになってからだ。
近江塩津行きが去って。
ホームを端まで歩いていると赤い壁のホテルがあり、その名も「ホテル ステ〜ション」。しかし屋上の広告塔には「ホテル ビジネス」とあり、 どちらが名前なのかと考えさせられる。 旅の宿として、こんなふうに駅構内がよく見えるホテルを選ぶのもいい。
赤壁の「ホテル ステーション」
島式ホーム先端より敦賀方面を望む。
ここには昔ながらのホームが取り残されていた。
赤茶けたコンクリートを見ると、融雪装置で赤くなった雪国の道路を連想する。
振り返って米原方面を。駅構内を眺めて。
木造の跨線橋。
跨線橋のたもとは倉庫になっていることが多い。
掃除用具や缶飲料の空き箱なんかが入っているのだろうか。
「こゝは左側通行」。跨線橋上り口にて。
跨線橋内にて。木造の跨線橋内はいつも変わらない昔ながらの風景。
1番線ホームへ。
島式ホームにどっしり足を下ろす跨線橋。
跨線橋の階段から1番線に下りると建物の間が広く開いていて、そこから長浜の街を垣間見ることができた。両脇の建物は新しく、その間の地面には古い歩道によくあるような敷石が敷かれていた。さてどんな駅前なのだろうか。
1番線から味わえる長浜の街の1コマ。
右手の建物は駅弁の井筒屋。喫茶軽食も楽しめる。
1番線の風景。
ただ1つの改札口。自動改札が導入されて久しい。
駅舎内の風景。改札口を望む。
フラップ式発車案内板。
出札口。左端の券売機のみ1890円の乗車券が買える。
駅舎内の風景。
天井には白熱灯の照明が取り付けられてあった。
駅舎に入ると、近郊区間の要素と地方駅の雰囲気、 そして観光地の駅らしさが溶け合っていた。 近郊区間の要素とは、やはり自動改札と自動券売機。 自動券売機は全国の主要駅なら必ずといっていいほど見られるようになったが、 1890円の乗車券を発券できるボタン式の券売機は特別で、 大阪方面から新快速を使ってここに来る人が多いことを物語っていた。 これを置かなければ、みどりの窓口が混雑するのだろう。 フラップ式案内板と電照式広告板、そしてこの駅の構造は 都会駅にはない雰囲気を作りだしていたが、 そこには自動改札が何の違和感もなく溶け込んでいた。 これは自動改札がすでに古典となりつつあるからだろうか。 簡単なシャンデリアの付いたコンコースの高天井、 電照式広告板は敦賀駅の特徴と同じで、やはりここは北陸本線なんだなと思わせられた。 長浜が有名な観光地のためか、 コンコースには街を歩きに来た人たちが結構いて、楽しい雰囲気だった。
改札口を前にして右手には待合室がある。
待合室内のようすその1。
待合室内のようすその2。
待合室内はいかにも、という感じの古さだ。 コンコース横に並ぶガラス扉を開けると、そこが待合室になっているというタイプのもの。 床の模様も一昔前のものといった感じだ。ここにKIOSKとトイレがあった。 待合室内にいると、観光に来たらしいおばさんグループがどやどやと入ってきた。 待合室内にあるコインロッカーに荷物を預けるらしい。 そういえば待合室内は、多くの人たちが座れるようになっているし、 コインロッカーの預け口にも余裕があった。
駅舎内にて。出入り口方向を見て。
駅舎から出て。
「山内一豊公と千代様の城下町」との宣伝は、
ここもNHK大河ドラマの舞台になったかららしい。
駅舎内入口前。茶色のガラス板が古めかしい。
駅舎から出て左手にはまたコインロッカー。
駅舎で入り口前を俯瞰して。右手の階段を上れば自由通路。
琵琶湖側へアクセスできる。
自由通路内にて。
敦賀方面を望む。
米原方面からは新駅舎がよく見えた。
外へ出て。
山内一豊とその妻の銅像と時計塔。
駅舎出口付近のようす。直進すればアンダーパスで琵琶湖側にいける。
長浜駅駅舎。
外はすがすがしい空気に包まれていた。
なんの過不足もない、あまりにちょうど良い気候には少し気後れした。
銅像の前で、小さなパックパックを背負ったひとりの女性が説明の立て札を読んでいた。
ぶらりと降り立ったという感じ。
長浜が観光地として成功したことはよく知られている。
ほかの街から視察もやって来るのだという。
駅のすぐ前にはバスターミナルと平和堂があった。
バスターミナルは一昔前のもので、
乗り場床面のざらざらになったコンクリートの薄い敷石や色あせた椅子、
簡単な屋根を支える錆びた鉄骨が、長きに渡る活躍を示していた。
改築にあわせて、ここも変わるのだろうか。
いかにも古くからあるバスターミナル。
バスの待合所。
平和堂長浜店。
駐車場を挟んで見た長浜駅駅舎。
駅前には広い駐車場があった。
駅舎は造りも塗装もしっかりしていて、
外観からは、この駅舎が改築されてなくなってしまうとは思えなかった。
昇降機がなかったが、それは改築しなくても設置できるし、スロープの設置も完了していた。
今回の改築は、敦賀までの直流化計画の関連プロジェクトとして、
市が要望していた長浜駅橋上化が持ち上がり、
昇降機の設置も含めて、全面改築に決まったのだという。
今度できる駅舎は旧長浜駅のデザインをモチーフにしたかなり凝ったもので、
街を歩きに降り立った人たちの気持ちを満たしてくれる駅がになるのかもしれない。
新駅舎前にて。
長浜駅を後にした。新快速の終着駅になってちょうど15年、
駅の中も駅前も新しいものであふれていると思っていたから、
ここでの出会いは意外だった。
列車に乗り込んだ。無人駅の田村、坂田に停車して米原駅へ。
長浜駅は北陸本線の端にぽつんとある、自動改札のある賑やかな駅だった。
次のページ : 米原駅