能登中島駅
(のと鉄道・のとなかじま) 2008年5月
悄然とした雑木林の緩いいくつかの丘陵を切り通すように抜けた。そういう山の中や、穏やかな湾は、印象をぼんやりとさせた。空は白く、光は籠り、上枝 (ほずえ) の新緑を守るかのようだった。
線内でも主要駅とみなされる感じの駅に降りる。私の前の婆さんは、運転士に切符を渡さず、駅の人に渡した。運転士は、それを見届けて、ならいいか、と、渡すのが次の番である私に向き直った。駅の人といっても、町に委託されて出札している人で、駅員ではなかったのだった。
その婆さんにとってはそんな区別はなく、昔と変わらず駅員さんなのかもしれないし、この無表情の運転士より、同郷の人と、切符を渡すを契機に接触を持ちたかったのかもしれなかった。
駅に降り立つと気持ち悪いぬくみが漂っていた。厭な季節だ。主要駅といっても、少しばかり大きいくらいで、記念に、塗装の剥げてボコボコになったその上から塗りたくった郵便車や錆の入ったパノラマ車が擲たれていた。その向こうにつつじや藤が花繚乱で、野性のあでやかさと虚ろが同居していた。
ホームから来た方向や先の方向を望んでも特に変わりなく、そのまま改札を出た。
下りホーム穴水方。
静かに廃車両が眠る。
木造だが重々しさを感じさせない。
改札付近から見える駅構内の光景。
非電化。
七尾方。
駅名標。
隣のホームの終端の様子。
七尾・和倉方面を望む。
穴水方に見た駅構内の様子。
あれは何の道だろう!?
ホーム中ほどにて。
白線一文字。
替わって、上りホームから見た駅舎。
のと鉄道仕様の駅名標。青がしつこい。
擬似的な構内踏切。裏口。
郵便車。鉄道郵便のあったころ活躍した。
青に赤は目立つはずだが、なかなかいい配色に見える。
ものすごく重そうだ。
中の様子。工事用具の物置になっていた。
廃線前に走っていたパノラマカー。この配色・デザインは、すなわち能登、というものであった…。
車両の先頭越しに見た駅裏。
島式ホームの佇まい。
島式ホーム上にある待合室内の様子。古風な灰皿が置いてある。
祭りの様子が描かれている。学生が描いたのだろうか。
島式ホーム穴水方。自然に帰りつつあった。
穴水方を望む。
ホームはこんなふうに延長されている。
替わって駅舎内にて。
中には少女用のコミック本が並べてあったから、女子小学生の利用がすぐに想われた。壁の薄い木目板はぱりっと保たれていて、ポスターはぴんと貼ってあるのは、有人駅らしい様相だった。いくつもあるプラスティックの青い椅子はきれいすぎて、不似合いで冷たい。しかしその清潔さは、こんなものでもここでは買い直すとなるとたいへんな設備だと いう考えのあるのを想わせ、できる範囲内で精一杯なのが感じられてくるものだった。室内は広く、後 (のち) にわかったが、終着駅と同じぐらいに広かった。
駅舎内の様子。
出札口。ここも田鶴浜同様、手書きの張り紙が多い駅。
あの店看板は目立つんだけど、中はどうなんだろう。
このときは閉まっていたが。
たぶん貨物を取り扱っていたことに由来。
外に出たら、舞台上になったところに立たされてしまう。しかしそれも横に長い階段がドレスの裾のように路面に下りているという造りだったからというだけのことだった。旅人の役をもらったかのようというのは、あからさま過ぎて、いいにくい。しかし駅名標には演劇ロマンの駅と愛称を付けてあったから、ここで何か催しをやってみてもいいかもしれないと思えた。
中島町があるそうだけど、ここからではどこにあるかもわからないような位置らしかった。見下ろす広場にタクシーがあるほか、雑木林脇の県道に自家用車が走り抜けるくらいで、人はいない。
その階段舞台は総レンガ積みで、そのようなものの上に車寄せつきの木造駅舎が建っているから、車寄せの意味に、少し首をかしがせる。また和洋折衷で、それは使い回された設計の木造駅舎の硬派の印象を奪い去り、能登の平明な山地や河口付近の軟らかな水田を連想する、融け合うような柔らかい印象を持たせた。
こういうふうに段の上に自販機やポストがある。
能登中島駅駅舎。
駅前広場。かなり広い。バスが何台も駐められそうだ。
何かの跡地だろう。
駅はこのように片隅にある。
右手の建物はトイレ。新設。
静態保存されていた郵便車の解説。鉄道郵便は1986年(昭和61年)に廃止。
駅舎2.
穴水方の様子。中心部はこちらにある。
穴水方にあるラッセル留置線。貨物側線風だ。
跨線橋から見た駅前の様子。
和倉方。左手の建物は喫茶店。
海側。
歩道橋の先に壮大な切り通しの道があるのを見つけ、廃鉱山でもあるのか、おもしろそうな道だ、と足を急がしたら、なんだ高校の入口だった。それで駅の演劇ロマンの愛称がわかった。演劇を専門に教えている科があるのではないかな。
気になって仕方なかった道。跨線橋が直結している。
高校の入口だとは思わなかった。
替わって、裏口の様子。この駅名標は、今はなき能登線仕様のもの。
なかなかいい配色とデザインだと思っている。
公園の駅裏は、鼻血を誘うような生ぬるい空気のなか、普段は黙している喬木も花盛りで、攻撃的に蜂が飛び交っている。拵えられた野球場ですら、能登の扁平な丘陵地形を想わせる。どこもかも平らな印象だった。どうもくっきりしないな、と思いつつも、辺境の果てに、鉄道に乗ったまま訪れられれば違ったに違いない、と、くやむ。しかし実際行かずとも、訪れられるようになっているという意識だけで、何かここの見方が変わっただろうか? わからない。
藤棚。
駅裏広場。何かの跡地利用。
こちらには木製の舞台がしつらえられてあった。
野球場。
真っ青な廃郵便車のその色は、この風景に唯一のもので生き生きとしているものの、彩り豊かな花々はそれに手向けられたもののようであったが、いずれもこの何気ない土地に、長大な廃止線という想像の廃墟を持ち込み、季節がもう一歩進むと、鉄道時代の爛熟の腐臭を漂わせつつあるだろうことが想像された。
澱んで生温かい空気の中、 残滓のような、終点までのもう長くない距離を、気落ちしながらも列車に再び乗って進んだ。
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