佐奈駅

(紀勢本線:さな)

  松阪駅から9分遅れの「快速みえ」に乗り、12時55分ごろ多気に到着、 ここで乗り換えるため、わずか7分で快適な車内をあとにした。 乗ってきた快速みえが出発してホームが明るくなると、 そこからは我を忘れるほどの、真冬とは思えない風景が広がっていた。 真っ青な空に小さな白い雲が浮かび、畑には緑のまぶしい草が一面広がって、 常緑樹の山は緑のまま。同じホームの3番線に停車していた、 新宮行きのキハ40系に乗り込んで左側に座り、 その風景を見つめ続けた。Kioskでもあればお菓子でも買い食いしたいぐらいの雰囲気だ。 この列車の出発は約20分後だったから、 その間に駅の外へ出ようかとも思ったが、 それほど長い時間ではないし、動く回るのも億劫だったので 青いモケットの座席に座って待つことにしたのだった。 車内にまだ暖房は入っておらず寒かったが、 止まった車窓からの風景が冬を忘れさせてくれた。

  13時17分の出発数分前になると運転席付近が慌しくなり、 間もなく出発するという放送がなされた。 斜め右にはおじいさんが座っていたが、 持っているのは薬の紙袋がたくさん入ったビニール袋だった。 たぶん松阪か津の病院に行って、もらってきたばかりなのだろう。 亀山からの普通列車が到着したばかりだった。
  列車は多気を出た。多気を出るとすぐに大きく右にカーブし、 左に小さな果樹園が見たときは、ここから紀勢本線がほんとうに始まるのだ、と感じた。 このカーブは、紀勢本線がかつて多気駅から分岐していたことを意味するのだという。
  平地の田畑と住宅を見ながら貨車駅の相可(おうか)を過ぎると、 山地の中に入り始めた。 山を右手にした、山裾の少し高い位置を走りながら右に大きくカーブすると、 左には列車の中から見えるように、ベランダに取り付けられた看板が間近に見えて、 山の中の町に遭遇した気になった。 しかし、それもあっという間で、少しひらけたところに出た。 佐奈川のつくる開放的な谷に入ったのだ。 そしてそのまま、佐奈駅に到着。そこで下車した。

  私の前に買い物袋を持った一人のおばさんが降りたので、 続いて降りた私はどちらに駅の出口があるかも確認せず、 その人のあとを、間を空けてついて行ったのだが、 そのおばさんは途中、歩きながらこちらを怪訝な表情で振り返った。 なぜだろう、と思いながら駅から出るためにその人のあとを歩いていると、 そのおばさんは駅舎も何もないホームの端へ歩いていくので、 あれ、この駅はホームのみの駅だったっけ、と思い返していると、 列車がホームから完全に抜けて、ようやく謎が解けた。駅舎は向かいのホームにあったのだ。 ホームの端まで行ったおばさんは、もう一度こちらを厭そうな顔で振り返ってから、 ホームを下りて、土の細い里道に抜けた。 どうやら地元の人がよく使う道らしい。私は地元の人に見えなかったのだろう。

屋根のない緑色の跨線橋。写真すぐ左手にホームに作られた簡単な待合所。 2番線ホーム。尾鷲・新宮方面を望む。

白い柵で行き止まりになったホーム終端付近。線路と反対側は舗装されず、砂利が広がっている。 2番線ホームを多気方面に歩いて。

  ホームの端まで歩くと、ホームの縁に黄色の大きな矢印がペイントされていて、 ホームから降り易いよう、 溝に使うようなコの字型のコンクリートブロックが踏み台として置かれてあった。

土の広い道。ゆるい下り坂。樹木などはない。 ホームから下りて。右手に佐奈川を跨ぐ簡単な橋が掛けられていた。

左手に土の細い里道。右手にホーム終端。 下りたところからホームを見て。左手には里道が延びている。

  この近道を利用すると、駅舎から出て橋を渡るよりも少しだけ近道になるようだ。

青空の下の丘。樹木のある部分もある。 ホームに上って。右手にはちょっと登ってみたいような気持ちの良い丘があった。

  跨線橋に上って眺め回していると、 冷たい風がとてもさわやかな果物のにおいを運んできた。 2番線ホームのすぐ裏手に果樹があるが、 冬で葉も果実もないのだから不思議な錯覚だ。 その風は、田畑の向こうにある国道42号の走行音をときおり運んできたが、 とにかく空気が良いため、登坂の走行音も気持ちよく感じられるぐらいで、 適度なひと気ももたらしてくれて心地よかった。

まっすぐに伸びるホームと線路内。右手に冬枯れの木々。 跨線橋に上って多気方面を望む。

小さな川、休耕田、住宅、端の方に低山の連なり。 上の写真右手の風景。この風景を見ていて、なんかひっかかるな、と思っていると…

サークルKの大きな看板。 コンビニ「サークルK」を発見。脇の道路は国道42号線。

二線はやがて一線にまとまり、とがった低い山に突き進む。 跨線橋から尾鷲・新宮方面を望む。

エメラルドグリーンの跨線橋。 1番線ホームから跨線橋を見て。緑色がまぶしい。

二線から一線になるようす。右手に一軒の住宅。ほかは冬の田畑と山。 尾鷲方面を見て。紀勢本線は次ぎの栃原に行く途中に、一つ山越えをする。

  私が駅の前あたりに居たとき、 7,8人の保線の人たちが、バラストを踏み鳴らしながら栃原方面から歩いてやって来て、 駅の前の広場に集合した。全員揃った確認が取れたらしく、 それぞれは広場に停めてあったワゴン車や軽トラックに乗り込んで、ここを離れていった。 ここから栃原の間には一つの峠があるため、山の中の保線作業の光景が想像された。

水色の壁と青色の陸屋根を持つプレハブのような駅舎。 跨線橋階段前から駅舎を見て。

開放式の簡易な待合所。屋根と椅子はある。 2番線ホームの待合所。

ホームに二本足で立つ名所案内板。 1番線ホームにあった名所案内。

ホームに二本足で立つ駅名標。 近くの駅名標。何となくかわいらしい駅名だ。

伸び行く二線。遠くの方に住宅。 1番線ホーム端から多気方面を望む。

幅広いホームから。遠くにエメラルド色の跨線橋。 振り返って栃原方面を。

水色の外壁、青色の椅子、ステンレスの間口。 駅舎前にて。

白い壁、青い椅子。 駅舎内その1。

ホームへの間口を望む。 駅舎内その2。

  駅舎は簡易なものだった。 中には一人掛けの椅子がいくつか並んでいたが、 扉はなく風が吹き抜けるため、少し座っているだけでとても寒く感じた。 椅子もステンレスもすっかり冷え切っていたのだった。
  こんなところで長くは待てないぞ、と震えながら駅舎内の時刻表を見ると、 平日と土休日に分けて書かれず、「毎日 Daily」としてまとめて書かれてあり、 それに新鮮さを感じながらも、次ぎの新宮行きを探すと、なんと2時間後。 しかし1時間後に多気行きが設定されてあった。 新宮方面に行くつもりでこんな所に降りたらたいへんな待ち時間だが、 昼間時間帯の列車本数から見れば、この区間である多気から三瀬谷はまだましな方で、 その隣の区間である、三瀬谷から紀伊長島は列車本数が少ないため、 昼間時間帯には気軽に下車することができない。 尤も、さらに本数の少ない区間は日本にいくらでもあるのだけれども。

小さな白い紙に黒で印刷されたもの。 時刻表に貼られた臨時列車の案内。すべて三瀬谷、多気間の列車だ。

アスファルトの駅前広場。目の前は一般的な住宅で、その列を抜けるようにT字路がある。 駅舎から見た駅前の風景。すぐ近くに商店らしきものと美容室が見える。

駅前の敷地と一般的な住宅の列。 トイレ前から見た駅前広場。駐車スペースが広い。 左手には少し古い屋根つきの駐輪所があった。

水色の外壁に青の陸屋根の簡易な駅舎。スロープがついている。 佐奈駅駅舎。

トイレは、木材を生かした小さな新しい建物。 駅舎、跨線橋、トイレ。

  佐奈駅は何年か前に旧駅舎が取り壊され、今のような姿になったのだという。 簡易駅になってしまったが、トイレは真新しく、設備がたいへん充実していてきれいだった。 駅前広場を出るとすぐにT字路で、そこは旧道らしかった。 すぐ前には、軒下に自販機を置いた商店らしき建物があったが、 店は営業されていないようだった。 広場を出る直前の右手には美容室があり、営業中だった。 列車のない時間に人がいると怪しむだろうと思い、足音に気を使ってしまった。

アスファルトの細道にさまざまな住宅が軒を連ねる。 駅前からT字路に出て右折した風景。 一般的な住宅地だ。

切妻の古い家、緑の垣根、古いベトンの建物。 元に戻ってきて。

両脇にそれぞれ一件の建物。そこを抜けると駅前広場で、向こうに駅舎が堂々と見えている。 旧道から見た駅舎。

旧道沿いの新旧の家々の混在。 斜め左に商店を見て。商店のあたりを右折すると駅前に出られる。

  駅前は旧道に軒を連ねる住宅街であった。 駅に戻って広場をぶらぶらしていると、一台の自動車がやって来て、 すぐそこの美容室に一人の女性客が入って行った。 常連さんだったのだろう、 ドアが開いたときには気楽なあいさつが交わされ、その声がこちらまで聞こえてきた。 さっき駅前をうろうろしていたときは 営業中の美容室の人に怪しまれないように気を使っていたものだから、 その常連さんがやって来たことで、ほっとした気持ちになった。 その客は10分ちょっとで出てきたので、カットのみだったのだろうか? などと考えたりした のは、待ち時間の1時間が長かったからだった。

  1番線ホームで立って待っていると、 向こうからおじいさんが跨線橋をゆっくり上ってくるのが目に入った。 きっとあの抜け道からだ。地元の人は踏切代わりに使っているのだろうか。 しかし近くには駅を挟むように2つの踏切があるから、 わざわざここを使ったのは足を鍛えるためかもしれない。 列車の来ない時間によその人がいるのを見て、いい顔はしないだろうと思ったが、 こちらに接近して来て、始めて私の存在に気づいたおじいさんは、 最初おっかなびっくりな表情をしたものの、すぐに穏やかな表情に戻り、 私たちがあいさつを交わすきっかけになった。 この駅に始めて降りたとき、あのおばさんの件があったから、 用心する気持ちができてしまっていたのであった。

  その後は1番線ホームの椅子に座って、気持ちの良い乾いた冷たい風の中、列車を待った。 天気はすっかり良くなり、空気もよくて、 この日、降り立った駅の中でいちばん印象に残る駅になった。 向かいのホームの裏の果樹を眺めて、 緑の季節や実を結ぶ季節の風景を想像したりしていると、 昼下がりの時間帯であることもあって、この駅での待ち時間は随分贅沢な時間に感じられた。 しかし座り続けていると、やはり冷えてきた。 待ち時間の最後の方では、
  「頼むから早く来いよ〜」
と心の中でつぶやいていた。
  もうそろそろ時間だろうという頃、二両編成の気動車が堂々と入線してきた。 ぴたっと停車したのち、ドアボタンを押すとドアが強い空気音とともに開いた。 あっという間に乗り込んで、青いモケットの並ぶ客室内へと入っていった。

  列車は佐奈駅を離れた。窓からは冬の陽光が差し込み、車内には高校生が多かった。 今日は学校が早く終わる日だったようだ。 一人の女子高生は、あれは方言の一種なのだろうかと思うほどの、 とんでもなくがらの悪い言葉を使いまわし、 予備校生らしい私服の女性は、ボックスシートで足を向こうに渡しながら ノートや参考書を開いていたり、 キャリーを持ったヤンキー風旅行者が靴のまま、 同じく向かいのシートに足を渡したりしていて、なんだか異様な雰囲気だったが、 東紀州ではこれが日常の光景なのかもしれない。 列車は相可駅で何人かの高校生を降ろし、終点の多気へ。 多気駅では、ほとんどの人が亀山行きに乗り換えた。

次に訪れた駅: 多気駅

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