宗佐駅
(三木鉄道・そうさ) 2007年5月
ホームからの風景。
国包で、隣の近い駅までの列車を待つことなく、徒歩で18分ほどで宗佐という駅に来た。転換後にできた駅で、遠くから見てホームだけとわかった。踏切が鳴動し、ちょうど上り列車が入って来た。スーパーの袋を提げた30くらいの女の人が降り立つ。その人はいっさい脇見せず、停止状態で列車のエンジン音響く中、集落の中へと消えていった。
列車は去り、再び風景が明らかになる。するとさっきのは幻であったかのようだった。 現実が列車のないことで、幻が列車のあることというのは妙でもあった。しかし、気動車はしばしばこんな想念を元々引き起こしやすかった。
ホームの眺めの良いところに立った。黄緑の小麦畑や、まだ単子葉の短い、土っぽい畑が遠くに広がっている。とにかく風が心地いい。この先、こんな駅ばかりなのかな、と思う。そうであってほしいな。まったく同じ造りの駅がこの先ありそうなこの待合所つきのホームの駅は、そこで、風の駅ということにした。やはり、この駅で待つ人は、ここを折に触れて眺めるのではなかろうか。しかし私は初夏のこの駅しか知らない。宗佐駅というと、この季節のこの風景だった。そう考え当たると、思い出と、出会いらしい感じが高まった。
国包・厄神方面を望む。
三木方に見たホーム全景。
待合所。
これよりいいバス停がありそうだ。
国鉄から三木鉄道に転換後にできた駅の駅名標はこんなの。
運賃表。
壁がいい具合に焦げている感じ。
ところで三木線はこの駅を出てると、すぐ土の堀割になっていた。地形図でもそうなっていて、行く前から気になっていた。この堀割を歩いてみたいものだが、それはできない、ではさっきの並走する道路はどうなっているのだろう。また歩いて、次の駅まで移動しようか。
三木方面に始まる堀割。
おもしろそうであとを付けてみたいものだが、これに沿う道はない。
踏切と駅ホームへの入口。
堀割手前にあった敷地から見た駅前の風景。
この敷地は鉄道のものらしい感じで、堀割の前にあるものだから
どこぞとの大がかりの峠手前における機関車増結の場などを想像した。
宗佐駅。
たまたま踏切を通過する列車。
とある住宅地が始まる。
人名表まであった。
さっき歩いてきた県道への道。
県道に出て。坂になっている。
さて、この堀割は、美嚢川が加古川にちょうど出合うところにまで伸びきる、か細い丘陵地を越えるためのもので、三木線では唯一の"山越え"だった。その丘陵地の北側には美嚢川の土砂が堆積して、そこではそうして平野が広がったことだろう。
駅はこの丘を越してすぐのところにあることになっている。隣のその駅までは営業キロは500mで、三木線で最も短い。しかし道路ではやはり遠回りになった。
宗佐の交差点。交通量は多め。二角が緑茂るままになっていておもしろい交差点だった。
坂を上って振り返って。ちらっと加古川郊外が見た渡せた。
自動車が多くゆっくりはできない。
「この山越えがあるから鉄道はありがたい」、なんてことがあるかなと想像しながら、緑低く茂る両脇を、坂で登って行く。歩道もなく、自動車が多く過ぎていき、歩きにくかった。あっさりてっぺんに着く。そして、そこには、三木市、との表示が輝いていた。そうか、ここからが、三木鉄道のふるさと、三木市なんだ。この峠の部分は整地されて、中古車などが雑然と並べてある、なんだか怪しい、おもしろいところだった。この丘の稜線への道があるかな。しかしさすがにこの程度の越えでは鉄道面目躍如とはなるわけはなかった。
峠の頂上。ここから三木市。
峠付近はディーラーか、大量に車が駐めてあった。
駅前を冠する集落表示まで来たのだが…。
坂を下りていく道中、待望の播州平野が広がる。こんなところをこれから歩いて行けるんだ。陽射しに手をかざしつつ、期待の当ったことに満足しながらも、この丘を越してすぐのところにある駅へ入る道を探していた。しかしもうだいぶ丘から離れているのに、ない。離れて走っている鉄道線を見渡しても、駅は見当たらない。これはおかしいと、地形図をトラック走り過ぎる脇で読んだ。とにかく線路まで出ようと出てみると、なんと数百メートルも行き過ぎていた。神経質に早歩きで下石野駅に向かう。なんで読み間違うんだと失望しながら。
振り返って。駅へいくにはあの横断歩道を渡って右折すればよかった。
県道越しに見る三木鉄道線。
遮断機のない踏切へ。
厄神方面。
踏切からみた宗佐・国包・厄神方面の風景。
あんなところに下石野駅が。
三木方面。もう石野駅が見えるのだが、このときは気付いていなかった。
渡ってきた踏切。トラクターぐらいしか通らないのだろうか。
畑越しに見た下石野駅。
三木方面に伸びるまっすぐの道。
まもなく下石野。
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