立山黒部アルペンルート

立山黒部アルペンきっぷを使って

旅行記

1日目の続き

天狗平で

バスに乗って約24分後、天狗平に到着。 案の定、降りたのは我々だけだった。 この旅行を振り返ってみると、ここでの散策が最も印象的ですばらしかった。 ふだんの生活に戻っても、しばしばここでの散策を思い出して、 みずみずしい気持ちになった。

真っ青な空と明るい緑色のバス停 天狗平のバス停 天狗平のバス停。右の写真は、空の青さとバス停の明るい緑色を撮り合わせてみたかったので撮影。なんと深い色合いなんだろう。

天狗平のバス停のあたりでは道路が急に広くなり、 自動車の退避場所のように広々とした舗装スペースがある。 そこからは立山三山、奥大日岳連峰、剣岳などが見られて、 それはまさに大パノラマだった。このパノラマは、 バス停付近のみならず、天狗平全域で楽しめるため、 高原ホテルの人が、そこが室堂にはない天狗平の良いところだ、と言っていた。

雪を少しかぶった奥大日岳連峰と立山高原ホテルと黄色の除雪車 天狗平バス停前広場の東全景。奥大日岳連峰と立山高原ホテル。

黄色の除雪車 既に除雪車が待機していた。名は立山熊太郎というらしい。

立山三山とホテル立山 3つの山が続いた立山とホテル立山。

剣岳 剣岳。

弥陀ヶ原とは違い、より雪が多く現れ、空気もより冷涼だったが、 なによりもこのパノラマが、標高の上がったことを感じさせる。 天狗平の宿泊施設は2件のみで、天狗平山荘と立山高原ホテルだ。 今日は立山高原ホテルに宿泊することになっている。

天狗平山荘 天狗平山荘。右奥に有料のトイレがある。

立山開発鉄道の古いバス停 こちらは少し古いバス停。このバス停のそばに天狗平山荘がある。

天狗平山荘の外のトイレを借りた。最近新設されたらしく、料金は100円。 それから散策を開始した。予定では、天狗平水平道を途中まで歩き、 元来た道を引き返すというものだ。引き返すことで風景の裏側を歩くことができ、 立体的に感じられることもありそうだ。
散策道は積もった雪が固く凍りついた木道から始まった。

雪を冠した木道

この天狗平水平道は、たくさんの高山植物が見られるのが特徴で、 その時期にはよく利用されるが、今や高山植物も枯れてしまい、 雪を冠したハイマツが広がるだけだ。 しかし周りには自分たち以外誰一人いない。 静かで涼やかな高原に、固い雪の踏みしだかれる音が響き渡る。 そして、ほかには幅広い穏やかな高原の風の音、 その風はときどき音もたてず、さらさらした雪を はらう。それは足元の小さな変化だった。

水平道からホテル立山を望む 再びホテル立山を。このホテルの姿は一度見たらほとんど忘れることはない。周りの風景との融合がすばらしい。

この水平道は途中で立山高原道路を横断している。

立山高原道路 横断中。

一般車は入ることができないため、またシーズンオフのためそれほど往来がない。 大きな道路をど真ん中からしばし眺めた。

ザラザラした天狗山 道路の端から天狗山を見る。標高2521mでガレキの山となっている。 こちら側は緩やかだが、その向こうは立山カルデラ。急な斜面になっているのだろう。

車に注意の標識 横断後に撮影。景観を考えた標識だ。

横断後に再び始まる散策道にはこんな立札があった。

赤枠の告示 立山地獄谷冬季間通行止め

地獄谷まで歩く予定をしていなくてよかった。
道はつづく。

天狗平水平道 石畳の道,真ん中の山が浄土山で、右に欠けて写っているのが国見岳。 水平道という名のとおり、天狗平から見ると、室堂との標高差は 小さく感じられる。 室堂バスターミナルの標高は約2420mで、天狗平の標高観測点が2309mだから、 差は110mぐらい。

歩きながら、左手には別山、真砂乗越、真砂岳が見られる。

別山、真砂乗越、真砂岳の稜線 撮影地点のすぐ前にある緑の緩やかな尾根の左手の小さな山がエンマ山。 右半分がはげかかっている。

少しだけ見える剣岳 左手に剣岳が頭を覗かせている。 写真の一番左の山は大日岳連峰の端で、この後すぐ右に室堂乗越、新室堂乗越になり、 剣岳連峰の別山乗越へとつながっている。エンマ山の標高は約2380mで室堂乗越が 2360mだから、一つ前の写真のようにエンマ山を真正面に見ると、室堂乗越は見えず、 大日岳連峰の端が隠れてしまう。

ぼやけてしまった雄山神社 デジタルズームも使って雄山神社を撮影。やはりきれいには撮れなかった。

このように天狗平は、さまざまな山を楽しめる。 歩いていると、山々に抱かれている感じがするのだ。 そして人っ子一人いなかった。
視線を元に戻すと、山の冬が始まっていることがわかる。 ハイマツは所々緑を残してあとは雪に押され、これからの厳しい冬を想わせる これからは吹雪が毎日襲い、どんどん雪が降り積もっていく日々がやってくるだろう。

雪に押されているハイマツ

たが今は穏やかな時間が流れ、休息をとる植物の息づかいが感じられた。 しかし植物を凝視していると、安堵などではなく、 無表情にそして黙してあくまで摂理として厳冬を受け入れている 姿が目に映った。

きっと今は山が冬の始まりを見せてくれているのだと思った。 こんな穏やかな日には小動物も巣から繰り出してくるのかもしれない。

雪上の足跡 こんな足跡がいく筋も見られた。

遊歩道を横切る小川は完全に凍りついていて、大きな石を落としても まったく割れない。試しに乗ってみたが、それでもびくともしなかった。

氷の小川 氷の小川と呼びたいぐらいだった。

ハイマツのつららは傾いた日に照らされて輝き、そして風でゆらめく。 美しいが、違和感を覚えた。自分にとって新鮮さが感じられない。 困惑し不安になり、そして、視界を遮ってみた。

そうしたら大きなことに気づいた。 今まで、自然の姿を忘れていたのではなく、 自然界の音空間を忘れていたのだということを。

風景ばかりにとらわれて、このことに気づかなかった。 もう自然の音しかしないのだ。風の吹くたびに雪を載せたハイマツの枝が揺れる音、 その風で枝についたつららの鳴りあう音、雪の落ちる音、そしてその後は、 音もなく動く雲も、音のない状態にもかかわらず、それもひとつの音として感じられた。 …その他さまざまな現象が重なり合って、 無限の音が作り出され、時間差によりリズムが生まれている。

これまでどれほど多くの無機質でつまらない音に囲まれていたのだろう。 自動車、踏切、電話のコール、スイッチの音、蛍光灯の安定器の音、 こうしてキーボードを叩く音…。 どの音も意識して抽出し、音自体から再構成しようと思わない。 するとすれば、その必要に迫られてだろうか。 ところがこの天狗平の音の流れは、ひとつひとつ聞き取れるごとに喜びを覚え、 どれだけ聞いていても飽きたらなさそうだった。

天狗平は確かにさまざまな山が見られて、それは大パノラマだったが、 目を閉じた方がずっと立体的に感じられた。 この新しい空間は、自分にとって広すぎて恐ろしいほどだった。

上に雪を載せ下につららをぶら下げた濃緑のハイマツ

私なりのこの発見をしてからは、もう引き返してホテルへ行ってもよいと思うようになり、 大谷の源流の三叉路の手前で引き返した。今はもう夕方の4時で、天狗平のバス停から約30分だった。日が暮れかかっていた。

暮れゆく天狗平 暮れゆく天狗平

大谷の源流付近で ちょうどこのあたりで引き返した。

まさに平らな天狗平 平らであることがよくわかり、天狗平らしい風景の1コマだ。左手には天狗山のザラザラした稜線が見える。

帰りは下りなので、快調に飛ばして帰った。

立山高原ホテル 立山高原ホテルを目指して。

天狗平周辺案内図 すぐに遊歩道の起点に到着。手袋をした手で雪は除けたが凍り付いていて剥がれなかった。

大日岳連峰と高原道路のカーブに立つポール 高原ホテル前のカーブのようす。やはりここにもポールが立っていた。

こうしてようやく高原ホテル内の敷地に入ったのだが、その脇にあるデッキではすばらしい展望が得られた。 大日連山が眼前に幅広く立ち上がり、下は称名川の谷がとてつもなく深くえぐられている。

室堂乗越から別山へ稜線 室堂乗越から別山へ稜線がよくわかる。剣岳も少し頭を覗かせている。

ただシーズンオフなので、デッキ上の机と椅子は片付けられてあった。 夏にこんなところで食事を取ったらさぞかし爽快だろう。

立山高原ホテル 立山高原ホテルの様子。

立山高原ホテルにて

こうして私たちはいよいよホテルに入った。 荷物を先に届けてもらったので、今回の旅はその点で随分楽だった。 濃い紅色の絨毯や焦げ茶の調度品などで落ち着いた雰囲気のロビーで、 フロントの人も事務的ではなくいい感じの人だった。 チェックインと同時に明日のバスの予約を聞かれるのだが、 このときは決めかねていたので、 もう少し後に決めることにして、部屋へ向かった。

部屋のドアの前に着き、カードキーを何度も読み取らせるが、なかなかドアが開かない。 何度も丁寧に、ときには雑に繰り返し、数分後ようやく開錠してくれた。 部屋は人気のあるとされているロフトつきの洋室だった。 ドアを開けてすぐ短い階段があるなど個性的だった。 しかしできるだけ早く窓の外を見たくなる。

夕焼けに染まる奥大日岳

窓にすごい迫力で迫る奥大日岳が、 茜紫ともいうべき、えもいわれぬ色合いに染まっていた。 写真にはその色深さが少しも写っていない。
窓の景色を堪能したあと、平地の事務局から職員の方にわざわざ届けてもらった荷物を解き、菓子類を広げた。部屋に用意された新聞は北陸支社の新聞で、北陸のニュースが詳しく書かれてあった。遠い地の新聞やテレビCMは見逃せない。そしてその後は室内探索。

立山高原ホテルの室内 入口から撮影。短い階段はちょうど足元にある。

立山高原ホテルの室内 ロフト上から撮影。

ロフトには敷布団が3枚並べられていたが、なぜか明かりがつかなくなっていた。
約10分後、フロントから一本の電話が入った。それは夕焼けがきれいだから見に来ませんか、 というものだった。そんな電話をしてくれるとは思いにもよらなかったので、 驚きと同時に心遣いに喜び、足の疲れも忘れてさっそく向かった。

入り口には先ほど見たフロントの人がガラス越しに日の暮れゆくのを見ていた。
「夕日がきれいですよ。」
私たちは外へ出た。その瞬間、思わず自分の両腕を互いに抱き合うほど冷たい、 すごく冷え込んだ風のかたまりが私たちの周りを包んで、そのあまりの寒さに、うわあという声を上げた。 なぜなら、さっきまで散策していたときの風とはまったく違う、 これから冬の山の夜が始まるぞ、というような猛烈な勢いの冷たい風だったからだ。 しかし縛れるような風ではない、そこにはまだ空気の柔らかさが少しあった。 そして、その夕日たるや、筆舌に尽くせない。 これからはもう山の夜が始まる、人は外へ出るべきではない、というような威厳さえ漂っていた。そしてとにかく冷たい風が渦を巻いていた。

黒と赤と黒に近い青。夕日。

ふと振り返ると、10代後半から20代前半ぐらいの若い女性一人を含む二人が出てきていた。 その人らは写真を撮って、寒さに震えながら帰っていった。私たちも撮影して、もう屋内へ戻った。

部屋へ戻って、しばらくしてから飲み物を買いに再び下へ降りたのだが、 まだホテルの方が入り口のガラス戸から外を眺められていたのには心を打たれた。 きっとここは良いホテルだ。
閑散期ということもあるかもしれない。 たとえそうでも、しないホテルではこんなことはどんな時期でもしなさそうだ。

午後6時から食事が始まった。 食堂には二組しかいなかったので、きっと宿泊しているのはこの二組だけなのだろう。 きりたんぽ鍋やホタルイカの沖漬け、焼いた岩魚、刺身、椀物など、かなりの 量があった。しかも、ホテルの人のお話つきで、またその量も…。 天狗平や山のこと、明るく延々と話してくださった。 毎年の除雪費用は約1億円かかり、それは富山県が負担しているという。 ここは国際的なアルペンルートだからきっと元は取れているのだろう。 レストランの奥はガラス張りで、日中はそこから雄山が見えるという。 今の窓の外は真っ黒の塊で、ガラスが鏡のようになっていた。

食事の後、館内探索をかねて、風呂に行った。

立山高原ホテルの廊下 立山高原ホテルのエレベータ ホテル内の廊下とエレベータ前。廊下の間接照明が特徴的。

大浴場 大浴場の様子。10人ぐらいは入れそうだ。

脱衣室 洗面台。すでに使用の跡があった。

もう一組の方は既に入浴したようだ。もちろん大浴場には誰もいないし、これからも来ない。広々とした浴場で、ゆっくり羽を伸ばした。浴場はなかなか豪奢な雰囲気で、湯温も少し熱いくらいでちょうどいい感じだ。奥の方には座りながらつかれる場所があって、そこにも座ってみた。今は夜だから景色はないが、きっと日中は気持ちいいのだろうな。随分ゆっくりして、40分ぐらい楽しんでいた。

雷鳥の彫り物 大浴場入口前にあった雷鳥の彫り物。雰囲気がとてもよかったので撮ってみた。

ラウンジ ラウンジの様子。暗いが、実際にこれぐらいの明るさだった。落ち着ける明るさだ。

ラウンジのカウンター 営業中はここで立山の水出しコーヒーなどが飲める。軽食も可。

ラウンジにはかなり多くの書籍が置かれてあった。立山に関するものはもちろん、それ以外のものも多くあった。きっとここでゆっくりくつろぎながら読書するのだろう。ぜんたいに館内は人影がなく、一つの洋館を借り切っているかのようだ。
一通り見たので、部屋へと戻った。もう午後9時前だった。星を見ようと窓を開けると、やはり夜の冷気がすごくて長くは開けていられなかった。今日はあまり見えなかった。

室内のナイトパネル

あしたはいよいよ室堂へ行って適当に散策、その後ホテル立山へ…。 室堂駅内やホテル立山はかつて強烈な印象を私に残した場所である。 仰向けになりながら思いを馳せた。

室内の天井

ただ一つ気になることは、部屋がなかなか暖まらないこと。 確かにオイルヒーターは入っているはずなのだが、なんか薄ら寒い。 しかし、布団をかぶると眠れそうだった。 何とも静かな夜だった。茶を一杯飲んで寝た。 たぶん10時過ぎだったと思う。

室内のデスク前

夜中には何度か目が覚めた。高い天井が怖かった。

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