一身田駅
亀山駅から紀勢本線に乗った。 線路が大きく右に曲がり込んで林の中に入り始めると、列車は私の向かいの車窓に、 冬色に落ち着いた雑木林とそれらに挟まれた土色の田畑を交互に流しながら、 単線のゆるい下り坂を、気持ちの良い乾いた音を立てながら下っていった。 それにしても、柘植から亀山まで乗った気動車とはまったくエンジン音が違う。 今乗っている気動車のほうが乗り心地がよくずっと快適だ。 私の背後の窓に2車線の道路が近づき始めると、下庄駅まですぐだった。 道路が近く、駅舎もコンクリートの簡単なものだった。腰が座っていたこともあって、下車しなかった。 下庄駅に停車すると、交換待ちをする旨の車内放送があったが、一向に対向列車が来ない。 2分ほどすると、対向列車が遅れているとの放送があった。 こんな交換待ちを利用して下車してみてもよかったかもしれない。 4分ぐらい待って、ようやく対向列車が運転台のフロントガラスの視界に入ってきた。 やって来た列車の車内を覗くと制服姿の高校生でいっぱいだった。 下庄駅を出て、林を抜けきると田と集落のある平野へ。そして一身田駅のホームが見え始めた。 入線してホームが見え始めると、影の深い上屋の下にはさきほどの高校生でいっぱいだった。 列車のドアはすべて開くという。ホームには一人、赤い旗を持った駅員も出ていた。 下車することに躊躇したが、この駅の次は大きな駅である津駅になってしまうし、 それに高校生たちはこの列車に乗ってしまうのだから、自分が降りたときにはすくだろう、と思い、下車した。
津・松阪方面の1番線ホームから見た2番線ホーム。
地下通路を通って、2番線ホームへ。
2番線から見た1番線のホーム。 人影が多いのは1時間後のようすであるため。
駅構内。右手が駅舎のある1番線ホーム。
駅舎と上屋が一体化している。
2番線ホームから見た風景。冬の田が目を覚ますのはまだまだ先だ。
2番線ホームの壁のない部分には妙な遺構があった。
2番線ホームの上屋の下の風景。奥に地下通路への入口がある。 取り外された広告看板の跡が壁についていて寂しい雰囲気。
地下通路の入口。津・松阪方面の1番線ホームへ。
地下通路を通って再び1番線ホームへ。
この一身田駅の両ホームは、地下通路で結ばれていて、珍しい。 というのは、このあたりの地平駅のほとんどが跨線橋で結ばれているからだ。 近くにある高田本山へ参拝する人が多かったため、 昭和15年に地下通路で両ホームが結ばれたのだという。
1番線ホームの端から亀山方面を望む。少し先に見えている盛土は伊勢別街道。
1番線ホームの上屋の下の風景。右手に先ほど登ってきた地下通路への階段。
改札口前付近のようす。
左脇にあった駅名標と名所案内。高田本山のみが案内されている。
改札口の右手にあるトイレの前のようす。
駅舎内。出札口と改札口。
出札口付近から見た駅舎内。 左はセブンティーン・アイスの自動販売機。
自販機のある側から見た駅舎内のようす。 広々としていて気持ちいい。
夏には涼しそうな駅舎内だった。 なんだか一つ良い思い出ができそうな雰囲気だ。 高校生たちは、私がここまで来るのに乗ってきた普通鳥羽行きに乗っていったから、中はがらんとしていた。 セブンティーン・アイスの自動販売機は高校生の利用を考えて設置されたのだろうか。 少しくすんだ雰囲気の渋い駅舎内を、少し明るくしていた。
ところで、駅舎内のほとんど目立たないところに、重要なお知らせが掲示されたあった。
高校生で混雑していたのは終業式のためだったことがわかった。 また、これを見て初めて、この時間帯は普段単行であることを知った。 それにしても、満員のため乗車できないときは次ぎの列車を、とあるが、 次の列車は1時間も先だ。
駅舎前の回廊下の雰囲気。
植え込みと石段のある入口。
駅を出て左の光景。
駅を出ると、すぐ前に自動車の駐停車場として設けられた横長のスペースがあり、 奥にある囲いのブロック塀に向かって何台かの自動車が縦に駐車されてあった。 ふと右を見ると男女5人ぐらいの大学生らしきグループが少し遠くに立っていて、そのうちの一人が駅舎を撮影していた。 このあたりでいったん休憩し、昼食をとるらしく、食事処を探し始めるところだったが、 何もないやん、と騒いでいた。 すると今度は、自動車が入ってきて停車し、 そこから降りてきた人が住宅地図のコピーを片手に駅舎を撮影。 この駅舎はずいぶん人気があるのだなと思えた。 なお、その人はその紙の地図を持ったまま、いったん駅前から徒歩で離れて、 また駅に戻ってきて自動車で出て行った。 不動産の広告にでも使う写真を撮りにきたのかもしれない。 「JR一身田駅から徒歩5分の好立地!」とか。
駅を出て右手には私設の月極駐車場。 これより私道に付き関係者以外は立ち入らないでください、とのことだった。
駅舎?
駅舎?
この一身田駅はどっしりした横長の木造の駅舎だが、 外壁の白い部分は、はめ込みのボードだったので、木の柱とはあまり合っていなかった。 しかし跨線橋がないことは、駅舎の外観に大きく寄与しているといえそうだ。 もし二つのホームが跨線橋で結ばれていたら、ずいぶん概観が変わっていたと思う。 なお、地平駅でなおかつホームが地下道で結ばれた駅というのは、 ここからかなり遠くまで行かないと見つからないようだ。 次ぎの列車は1時間後。駅から離れてみた。 駅を出て右に折れると始まる主要らしい通りには、 昭和の時代のまま時間が止まってしまったような建物が幾つもあって、かなり楽しめた。
落合運送有限会社の建物。中ではおばさんが一人で切り盛りしていて、営業中だった。
懐かしい看板を掲げる一身田書房。
高田本山前。右手の橋を渡り進むと伊勢鉄道の東一身田駅に着く。 さらに歩けば近鉄の高田本山駅へ。
駅への帰り道。右手のミヤタ自転車の広告灯が懐かしい。 昔は自転車といえば「ミヤタ」と言われた。とても性能がよかったのだ。
駅へ戻ると、12時21分発の2両編成の亀山行きと 12時25分発の2両編成の鳥羽行きの出発時間が迫っていたため、 両ホームは黄土色のブレザーを着た高校生でいっぱいだった。 特に鳥羽行きのホームはとても混雑して入りにくかったため、駅舎の中でしばらく待った。 駅舎内には地べたに座ったりする人はなく、長椅子の人数分だけしか人がいなかったから、 すいていたのだ。 駅舎内で立って待っていると、
「せめて1時間に2本は欲しい。乗り遅れたらもう、どうしようもないから。」
と会話しながら入ってくる高校生もいた。 列車を待っているこの高校生たちは、割とおとなしくて、 待ち時間の間はほどほどに談笑したり、 上屋の柱にうつむき加減に寄りかかったり、 じっと座ってうつむいたりしていて、丹念に時間をやり過ごしているようだった。
向かいのホームに21分発の亀山行きが入ってきた。
列車が出て行くと向こうのホームは人がすっかり吸い取られたみたいにがらんとした。
さて亀山方面のホームに行って見ようかと思い、
地下道をくぐって行って、ホームへの階段を上り始めると、
赤い旗を持った一人の駅員がこちらに向かってくるところで、
「ああっ、もう少し早く来られれば乗られましたのに。」
と、申し訳なさそうな はにかみ顔で言ってくださった。
乗る目的でここに来たのではなかったから、そう言ってくださったことに申し訳なく思い、
「いや、ちょっと写真をとってみようかなと」
と言うと、
「あっ、写真、あっ・・・(そうでしたか)」
と言って階段を下りていった。
あんな感じのいい駅員さんもいるとは。駅員は本当に人によって違うものだ。
そのホームで変な遺構を見つけて、下り線ホームへと戻った。
あと数分で鳥羽行きが来るので、幅広いホームにいる人はほとんどが高校生だった。
ホームも少し騒がしくなり、そろそろ到着するだろうというころ、
「男子は前の車両、女子は後ろの車両にご乗車ください」
という構内放送がなされ、とても驚いた。
そんなことしていいのだろうか。少し厳しい気もする。
女子と談笑して帰れないではないか。
そういえば、青海川駅のホーム床面には「男子」と書かれてあったな、と思い出した。
もしかして、あの意味は車両ごとに通学生徒の男女を分けるものだったのだろうか。
学校が近ければ、その可能性はあるかもしれないが。
放送後、ゆっくりと男子と女子が別れ始めたが、気がついたらもうきっちり分かれていた、 というような分かれ方だった。私も一応男子の集まりの付近に立って待った。 そして2両編成の気動車が到着し、すべての扉が開いた。 少々騒がしい構内放送と共に、狭い戸口から、一人ずつ次々と乗った。 車内に乗り込むと、思ったほど混雑していなくて、ロングシートの部分に座ることができたほどだった。 しかし立っている高校生も多くいた。 赤旗の臨時の駅員が安全を厳重に確認して、いよいよ扉が閉まり、 動的な空間に私の所在は固定された。そして列車は出発。 車窓に赤い旗を持つ駅員の顔が流れていった。 進んでゆく列車に揺られながら、ふと昔の小さな有人駅のことを考えた。今では無人化されている駅でも、 昔はこんな風に列車の入線、出発に際して安全を確認される光景が日常だったのかもしれない。 今思えばあの赤い旗を持った駅員さんは、かなり張り切って仕事をしていたように思う。 安全確認をして、列車を駅から送り出してやっと一安心。列車を送り出したあとの顔というのが、 とてもよい印象に残っている。 おそらく普段の日の日中の一身田駅は構内放送もなく、ホームに駅員も立たず、静かな駅なのだろう。 お昼に穏やかに賑わう一身田駅を見られてよかったと思った。
伊勢地方への小さな旅─冬編 その1 |
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