伊勢地方へ小さな旅─冬編 その1

2006年12月

  冬に伊勢地方の駅へ行ってみる計画を適当に立てた。 大阪方面から来れば、大阪近郊区間から外れる初めの駅の内の一つであるといえる 加太駅にまず降り立って、そこからは適当に下車して、 とりあえず紀勢本線に乗ってみようと思った。 最初のうちは、亀山を過ぎても関西本線に乗り続けようかと思ったが、 紀勢本線という名前に惹かれてそれはやめた。 それにしてもかっこいい名前だ。

加太駅へ

  真冬である12月の朝7時ごろ、草津駅まで行き、草津線に乗り換えた。 7時12分に草津を出る柘植行きだった。 ちょうど人々が今日一日の活動を始めようと、駅にやって来る時間であるため、 草津駅のコンコースやホームが混雑し始めたところだったが、 いちばん西の端にある草津線のホームだけは、 静かでまだ目が覚めていないような雰囲気だった。 草津駅まで乗ってきた列車と、柘植行きとの接続はちょうどではなかったから、 出発までに時間があったが、列車は既に入線していた。 緑と橙の急行型のその列車に入ってみると、 ロングシート部分は少し余裕を残して埋まり、 クロスシートでは贅沢に一コンパートメントにつき、一人か二人ぐらいで客が静かに座っていた。左の窓側のクロスシートに座って数分たったころ、案内放送があり、貴生川で切り離しが行われ、前4両が柘植行きになり、残りは貴生川どまりになる、とのことだったが、ならば前4両は混んでいるかもしれないとも思ったし、 移動するのも面倒だったため、貴生川に着いてから移動することにした。、 私のいるコンパートメントに、スーツを着た若い人が向かいどうしで座り、 職場の新人の居付きが悪いことを話し始めた。草津線の沿線に会社があるのだろう。

  東海道本線のホームに草津線に乗る人を多く乗せた列車が到着したらしい。 次々と人が乗り込んできて、車内のシートは一気に埋められて立ち客が出た。 もうすぐ出発時間である。 やがて、電磁石式の激しいベルが鳴ると共に扉は閉まり、 列車は連結器を一回がちゃこんといわせて出発した。 列車が動き出すと、会社の話をしていた人は話さなくなり、少し静かになった気がした。 車窓からの天気は晴れ。日が昇ってようやく落ち着いた色になった頃だった。 ずっとに左手の窓から風景を眺め続けた。 列車が進むにつれ、青空の下の田畑の白い霜はより深く濃く降りた。 あまりに濃く降りていたから、少しおそれたぐらいだった。 草津との気温の差がはっきりとわかった。

  貴生川に着くと、ホームへ降りたが、 厳しい冷気が肌にしっとりまとわりつくような寒さで、思わず顔をしかめた。 草津駅とはまったく気温が違っていた。 切り離しの部分では赤い旗が立ち、作業が既に開始されていたのを見て、 思わず走った。前4両が先に行ってしまうかもしれない。上屋を抜けると右に信楽高原鉄道が停車していた。厚手の制服を着た、怖いぐらい厳しい顔をした年配の乗務員が 濃い白の吐息と共にホイッスルを勢いよく吹かすと、信楽高原鉄道が出て行った。 草津から乗ってきたこの列車と接続していたのだろう。信楽高原鉄道が出たあと、 前4両の車内に乗り込むと、男子高校生たちは立ち群がりながら、 女子高校生は通路にしゃがみこんで談話していた。 ロングシートの部分が空いていたのでそこに座ると、 目の前のドアが開きっぱなしのため寒風が吹き込み放題で、 とにかく一刻も早く扉を閉めて出発して欲しいと思いながら 車内でずっと寒さにがくがく震えることになってしまった。

  約30分後、やっと列車は出発。 甲賀に着き、高校生が降りて静かになったなと思うと、 草津線唯一の無人駅である油日駅に着いた。 きょうは集札の人が出ていなかった。 油日を出て、右手にシオノギ製薬の試験農場が見え始めると、 もう柘植だ。丘に作られた試験農場を見ると、あと少しで一息つけるなあと思う。

  柘植に着くと、同じホームの向かいに、 亀山行きの紫の気動車が短い時間で接続していたため、 急いで乗り込んだ。柘植駅には「ご利用ありがとうございました JR西日本」 の大きな看板もあり、柘植駅と加太駅には両者を隔てる急勾配の加太越えもあるせいか、 柘植駅がJR西日本の管轄の境界駅であるかのように、しばしば感じることがある。 車内のシートはほとんど埋められていて、 空いているのは進行方向を背中に向けるクロスシートの一部分くらいだったから、 仕方なくそこに座った。列車は柘植を出ると、 鉄と鉄を磨き合わせるような凄まじい、シャアーンという響きを立てながら加太トンネルを疾走し、この世の終わりかのようだった。しかし、ふっ、と抜けると、進行方向右手に谷を見下ろしながら、ころころとおもしろいぐらいに下り続ける。平均標高85mの琵琶湖を擁する近江は、 周りの国より平均標高が高いため、 近江に来る鉄道はみな山登りをしてくるのだ。 逢坂、関ヶ原、疋田、そして今私がくだりに下っている加太。 とくにこの加太越えは近くの鈴鹿峠と同じく片越えの峠で、 滋賀県側からはほとんど登りを要求されない峠越え。 気動車は窓の風景も傾斜させながら果てしなく下り続け、 帰りはこの気動車がこれを登るのかと思うと、ぞっとしてしまった。

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